沖縄と普天間基地移設問題<後編>解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-04

沖縄の歴史

Q:太平洋戦争時の沖縄戦における悲しい記憶が現在の基地問題にもたらした影響についてお伺いします。今日の基地問題を考えるうえで歴史的経緯に目を向けること、正確な史実を理解することが大切なことではないかと思いますが、いかがお考えですか?

A:同感です。それでは一般住民をも巻き込んだ「沖縄戦」が今日の基地問題にまで影響し、尾を引いていることの根本について考えて見ましょう。

まず「国を守る」ことの意義です。

「国を守る」とは

  1. 国民の生命・財産を守る
  2. 領域(領土・領海・領空)を守る
  3. 国の主権を守る

この三点に集約されます。

沖縄戦で一般住民を巻き込んだ陸上戦闘、あるいは、満州関東軍が日本人住民を放置して撤退した行為から浮き上がるものは「国民の生命・財産を守る」との基本概念が、旧日本軍の一部に欠落していたということです。

非戦闘員、特に将来を託すべき婦女子の生命保護に全力を傾けるべきでした。沖縄戦を語るとき、必ず俎上に上がる「集団自決」、「軍の住民殺戮」の問題は正確な史実の真贋、その評価が未だ定まらないものの、これは沖縄島民の軍隊に対する不信感の表れであり、この軍隊に対する「猜疑心」が現代の基地問題を複雑にしていることは間違いありません。

証言 沖縄戦の日本兵―六〇年の沈黙を超えて

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もうひとつは沖縄島民が辛酸をなめた歴史の経緯です。

沖縄がその昔「琉球王国」として独立していた事実は周知の通りです。
1400年代の琉球王朝は、中国「明」に朝貢貿易をする一方で、日本本土の諸港との貿易、さらには、東南アジアにまで貿易の輪を広げ、栄えていたといわれます。しかし豊臣秀吉が天下を統一し、薩摩藩琉球支配に動いたことから「琉球」の辛酸な歴史が始まっています。

琉球王国 (岩波新書)

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では歴史的経緯を整理してみましょう。

こうして沖縄の近代史を概観すると、琉球王朝から薩摩藩支配、琉球処分を経て沖縄戦、米軍の軍政統治へと、次々に外圧に翻弄された島民の辛酸がよく判ります。沖縄は海上交通の要衝に位置したことで「貿易」で一時栄えたものの、1600年代以降常に外部からの武力に脅かされ、悲哀を重ねてきたといえるのです。

琉球王国 -東アジアのコーナーストーン (講談社選書メチエ)

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アジアのなかの琉球王国 (歴史文化ライブラリー)

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本土復帰以降の沖縄

Q:本土復帰以降も沖縄県民の方々にとって大きな負担と犠牲を強いることになった経緯とはどういうものだったのでしょうか?

A:我が国が昭和16年閣議決定により「大東亜戦争」と呼んでいた太平洋戦争終結後、日本本土は連合国の占領下に、そして沖縄は米軍の軍政下に置かれました。本土は1952年「サンフランシスコ平和条約の締結によって独立を果たしますが、沖縄は1972年の本土復帰まで米国の軍政下にそのまま置かれました。

沖縄戦終結後の経緯は次の通りです。

  • 1945年6月23日、日本軍の組織的戦闘終結。米軍による島民私有地の強制収用始まる。
  • 1952年 日本独立。米国は沖縄に島民による「琉球政府」を設置して軍政を継続。
  • 1968年 「琉球政府」行政主席選挙。日本への「即時無条件全面返還」が大勢を占める。
  • 1972年5月15日、沖縄が日本復帰。

このように米国の統治下で28年間耐えた沖縄島民が返還前に一丸となって「日本復帰」を望み、復帰した当日沖縄が「日の丸」で埋め尽くされた光景は島民の素直な心の表れでした。この事実を我々日本国民全員は忘れてはならないのです。

改訂版 高等学校 琉球・沖縄の歴史と文化

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強制土地収用

Q:現在の米軍基地は沖縄島民から強制収用した土地も少なくないと聞きます。

A:米国の軍政下において拡大整備された米軍基地の土地は沖縄島民から強制収用されたものが大部分であり、基地敷地を元々所有していた島民が、今なお多数存在します。

本土(九州〜北海道) の自衛隊基地、あるいは米軍基地のほとんどが旧日本軍の基地跡のために国有地なのですが、沖縄の基地は島民の私有地を契約貸借しているのであって、この点でも基地問題をより複雑にしている背景があると理解して下さい。

いずれにしても旧日本軍の守りが「島民の生命」の細部にまで至らなかったこと、沖縄の歴史が外圧に晒される中で辛酸を繰り返すものであったこと、少なくともこの二点を正しく認識して、沖縄県民の基地に対する想いを真摯に受け止める必要があります。

その上で、東アジアの不安定な政治・軍事情勢の中で、我が国を守り、核の脅威を「抑止」するための最善の策が、現状では在沖縄米軍を最大活用する他には存在しないことを政府は臆せず、正面から沖縄県民を含む全国民に対して率直に説明する責任があるのです。

この1冊ですべてがわかる 普天間問題

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「普天間」交渉秘録

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普天間基地の危険性除去

Q:普天間基地のように市街地にある基地は本当に必要なのでしょうか?

A:普天間基地はヘリコプターを多数運用する上に、輸送機の離発着にも活用する、飛行場の機能が不可欠な基地です。この基地が、市街地の真ん中に位置するために、墜落事故等の危険が問題視されているわけです。

一般に、軍用基地は、航空機だけではなく、砲弾その他の爆発物を取り扱うことから、出来るだけ住宅密集地からは離れていることが、理想です。普天間基地の場合、現在の危険な状態になってしまったのは、市街地が基地の周辺まで広がり接近したことが最大の要因です。

普天間基地が存在する宜野湾市は、市全体が市街化区域のため、基地が出来た当初は周辺に無かった住宅地が、現在ではフェンスの近くまで迫っているのが実情です(宜野湾市資料抜粋)。

結果としてこの状態が生起したとはいえ、住民、特に隣接する小学校の生徒の安全を最優先して、移転と跡地の日本への返還が日米で合意(1996年)したことは、極めて賢明な判断だったといえます。

普天間基地が周辺に押し寄せる住宅地の中で、その機能を維持してきた背景には、沖縄に駐留する第3海兵師団の展開移動手段には、ヘリコプターの運用が不可欠であり、また搭乗して移動する海兵連隊の近距離に配置しておく必要があったからに他なりません。

市街地の中に位置する普天間基地の移転先は、米海兵部隊の配置の中で判断されるべき問題なのであり、部隊運用で最適となる場所の判断は、部隊指揮官が詳しく把握しているのです。

1997年基地移転先として受け入れが決定していた名護市が、鳩山政権の「迷走劇」の中で、受け入れ拒否に態度を転換し、普天間基地の移転問題が宙に浮いた状態は、宜野湾市の住民の安全確保を目的とした最初の政治判断からは大きく逸脱しています。

在日米軍最前線 (新人物文庫)

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普天間基地移設問題の本質とは?

Q:国外移設案、嘉手納基地統合案、徳之島への一部移設、沖縄の美しい海を埋め立て海上に基地を移設する案は現実的ではなく、机上の空論と評する軍事アナリストもいます。「政治」もさまざまな立場、主義主張から文字通り百家争鳴のような状態です。こうした「政治」の過剰からは問題解決への道をより困難なものにするだけではないかと思いますが、いかがでしょうか?

A:沖縄の地政学的な重要性については、既に述べたとおりです。

 「国外」に移設するとの一部提案に関しては「サイパン島」「グアム島」ともに対象とする脅威から遠過ぎることを説明しました。「県外」として「徳之島」が候補に挙がっていますが、沖縄本島から200kmも離れた飛行場からのヘリコプターの運用が、本島に駐留する海兵連隊の即応・移動に最適だとはいえません。

また、普天間基地移転問題が暗礁に乗り上げたとき、日本の政治家が、いとも簡単に部隊運用の細部に至るまで口を挟んだシビリアン・コントロール文民統制)を穿き違えた、その態度・姿勢に強い違和感を覚えました。

戦争の終始は、国家の意思として政治が判断するものです。武器の使用に関しても、あらかじめ定めた「交戦規則 (ROE:Rule Of Engagement)」によって政治が戦闘範囲を規制します。

しかし戦場における部隊運用は「政治」から委任された部隊指揮官が義務と責任を負い、身命を賭けて果たす使命なのです。その部隊指揮官が作戦のために定める部隊の編成、配置の細部にまで「政治」が口を出すのは、ただ作戦現場に混乱をきたすだけです。

まして我が国の防衛に貢献しようとする米国海兵部隊の部隊配置に「県外」だ、「国外」だと騒ぐ非礼だけは政治家として厳に慎むべき態度なのだと自戒すべきです。

普天間基地移転問題で日本政府の果たすべき役割とは?

Q:普天間基地移転に関する日本政府の果たすべき役割をどうお考えですか?

A:まず、移転先は、海兵隊の最適な部隊運用の観点から、沖縄本島でなければ、日米安保体制そのものが、有事に機能しないことを前提として、日本政府の沖縄に対して果たすべき役割を考えます。

沖縄が負担している米軍の基地面積が、日本全体の約73.9%を占める事実を勘案すると、この負担に対する物心両面からの支援について、国民全体で理解する必要があります。  
基地以外で沖縄が抱える最大の問題は、戦後28年間の米軍統治の時代に、沖縄地場産業・企業が発展しなかったことです。このため観光収入に依存している現在の経済体質では、県民所得は上がらず、全国最下位に低迷しています。2007年度の実績で、約204万円の年間個人平均所得は、全国平均の約70%に過ぎません。

一方沖縄県がまとめた資料(2010年3月)によれば、基地の年間貸借料は普天間飛行場が、地主3,137名に対して、総額66億4,700万円、一人当たり210万円の収入になっています。仮に普天間基地の跡地が返還された場合、現在の地主に土地が戻ったとしても、現在の貸借料に見合うだけの収入が得られるか否かについては不明です。

沖縄全体では基地に土地を提供している地主は34,626名、年間貸借料の総額が783億7,500万円、一人当たりの平均収入で226万円になっています。基地の年間個人貸借料が、年間個人所得を上回っている現状は、土地を提供していない一般住民が米軍によって被る各種負担(騒音被害など)を何らかの形で補償しなければ不公平感は拭い切れないでしょう。

徹底討論 沖縄の未来 (沖縄大学地域研究所叢書)

徹底討論 沖縄の未来 (沖縄大学地域研究所叢書)

具体的な解決策とその進め方とは?

Q:普天間基地の危険除去、日米地位協定の改定、そして沖縄の経済活性化を目指す具体的な振興案の一日も早い合意形成と実行が求められているのではないでしょうか?

A:まず沖縄の個人所得と全国平均個人所得の格差を軽減するため、国家の最重要課題のひとつとして、官民一体となって抜本的な地域振興策の立案を急がねばなりません。

「政治」の責任として沖縄県民との失われた信頼回復のための努力、すなわち対話を重視し、事実とデータ(数値)を正確に示すことを忘れてはいけません。

日米地位協定の考え方―外務省機密文書

日米地位協定の考え方―外務省機密文書

精神的なバックアップでは沖縄が味わった苦難の歴史に対する真摯な国民的理解の形成と、犯罪容疑者の引渡しや環境面での事前立ち入り調査を認めることを求めるなど日米地位協定の改定も重要な要素となってくると考えています。少しでも沖縄県民の精神的不安を解消するために急務であると考えます。

「国防」は一部の国民負担に帰すべきものではなく、一人ひとりが自らの問題として、誠実に負担しなければ、国家としての防衛組織に綻びが生まれます。さらに日米同盟を堅持し、両国の相互協力、共通理解をより深化させるため、両国間での対話の充実も欠かせません。そうした地道な努力がなければ、有事の際に敗戦の現実となって跳ね返ってくるのだと、理解して下さい。(了)<聞き手・構成:小関達哉>

連載「国防最前線」過去記事はこちら↓からご覧ください。

日本の戦争と平和

日本の戦争と平和

沖縄と普天間基地移設問題<前編>解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-03

なぜ沖縄に基地が集中しているのか?

Q:現在外務省・防衛省の公表している直近の資料「在日米軍の施設・区域内外居住(人数・基準)」によると、米国軍人・軍属の約五万人が日本に駐留し、そのほぼ半分が日本本土に、残りの半分が沖縄に居住しています。
参考:http://www.mofa.go.jp/ICSFiles/afieldfile/2008/02/22/2.pdf
日本国内における在日米軍施設の占有面積は約310平方メートル(国土の0.08%)、琵琶湖のほぼ半分にあたります。そのうち四分の三が沖縄に集まり、在日米軍基地、在日米軍専用施設の面積は常時利用で、沖縄県面積の約10%、沖縄本島の約18%を占めています。沖縄になぜ基地が集中しているのでしょうか?

A:地政学的にみても沖縄の地理的位置が、安全保障上、極めて重要だからです。地政学=地理上の環境が国家の政治、軍事の両面に及ぼす影響に関する研究・学問の視点では、沖縄が東アジアの安定に大きな役割を担う「不可欠な地域(Vital Area)」なのです。

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一党独裁国家はなぜ「脅威」なのか?

Q:改めてお伺いします。現時点で具体的な脅威となる国をどうお考えでしょうか?

A:東アジアの政治情勢は、「自由」と「民主主義」の政治体制を選択している日本、韓国、台湾、フィリピン及び同一政治体制で価値観を共有する米国のグループと、これとは別に、一党独裁の政治体制を選択した中国、北朝鮮ベトナムのグループとが、朝鮮半島の南北軍事境界線から台湾海峡を経て南シナ海に至る境界で、東西に分離しています。米ソを中心とした東西冷戦が終了して、ソビエト連邦が崩壊し東側に所属していた諸国は、ロシアを筆頭に、一斉に「共和制の議会制民主国家」に体制を移行しました。


そうした、世界政治の「大きなうねり」があったにも拘らず、一党独裁を堅持した中国(中国共産党)、北朝鮮(朝鮮労働党)、ベトナム(ベトナム共産党)の三ヶ国は、旧ソ連が世界に放った「共産主義政治体制」の残滓国家のようです。


この三ヶ国が単なる残滓のままであるならば、東アジアの不安定要因にはならないのですが、それぞれの国家が「国益」を追求して「国家意思」を発動し、時に武力を行使するため東アジアが不安定になってしまうのです。頻発する領海侵犯事件南シナ海での紛争がその具体例といえるでしょう。

連載「国防最前線」過去記事はこちら↓からご覧ください。

なぜ戦争・紛争は起こるのか?

Q:これまでの連載でご指摘いただいたように国益、利権を追求して紛争が絶えないという現実は残念ながら今日でも存在します。国家間の紛争や大規模な戦闘=戦争に発展してしまうことの根本原因は何でしょうか?


A:なぜ国家が戦争を始めるかについては、クラウゼヴィッツが、その著「戦争論」の中で分析しています。オーストリアの軍人だったクラウゼヴィッツは、ナポレオン戦争(当時、最大規模で最も悲惨な戦い)に従軍した戦争体験を基に、「戦争」を哲学的に探究し、「戦争は他の手段をもってする政治の継続に他ならない」と喝破しました。

戦争論〈上〉 (中公文庫)

戦争論〈上〉 (中公文庫)

このクラウゼヴィッツの分析を適用してみると、一党独裁三ヶ国が引き起こす武力行動は、「一党独裁政治」の継続としての手段であり、極めて危険なのです。
戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

日本周辺で起きたその危険な具体例を太平洋戦争後の現代史にのみスポットを当てて、列挙してみましょう。

1.北朝鮮(朝鮮労働党を個人支配する金日成・正日親子の独裁国家)が引き起こした
  「朝鮮戦争(1950-53年:現在休戦中)」、大韓航空機爆破事件(1987年)
   その他の韓国領内での武力行動、韓国哨戒艦への魚雷攻撃(2010年)
2.中共による「チベット併合(1951年)」、「中台間の金門島砲戦(1958年)」、
  「中印紛争(1962年)」、中ソ軍事衝突(1969年)」、
  「西沙諸島武力占領(1974年)」、「中越戦争(1979年)」、「南沙諸島侵攻(1992年)」
3.北ベトナム(現ベトナム)が武力で南北を統一した「ベトナム戦争(1960-73年)」などがあります。

こうして歴史を振り返ってみると、紛争や戦争と起こす根本原因のひとつに自国の国益追求のためならば、武力行使を躊躇しない「一党独裁の政治姿勢」だということを改めて指摘しておかなければなりません。

図解 クラウゼヴィッツ「戦争論」入門 (中経の文庫)

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沖縄の地政学的重要性とは何か?

Q:米軍再編の大きな流れにあって、沖縄だけでなく、日本列島本土とワンセットで「戦略的根拠地(power projection platform)」として、日本列島全体の果たす意味、役割が高まっているともいわれています。地政学的にみて重要な位置にある沖縄の役割について詳しく教えて下さい。

A:この一党独裁三ヶ国との「政治体制境界線」の中間に位置する沖縄は、政治情勢の不安定が武力行使となって波及する場合に、最初に影響が及ぶ海域を扼しているために、その果たす役割は大きいといえます。


純軍事的な視点での、沖縄の占める地理的な重要性は「那覇」を中心に描く同心円によって明らかとなります。

同心円半径(km) 円内の主要地域・基地
   1,000 台湾海峡対馬海峡、台湾、九州、中国海軍東海艦隊基地(寧波・上海)
   1,500 南北朝鮮(戦争休戦中)、米第7艦隊基地(横須賀)
   1,500 フィリピン首都(マニラ)、中国海軍北海艦隊基地(青島・旅順)、香港
   2,000 中国の首都(北京)、南海艦隊基地(湛江・広州)

注:北京(中国首都)、平壌(北朝鮮首都)、中国海軍3個艦隊基地はいずれも沖縄を基点とした場合、米軍の巡航ミサイル「トマホーク(射程2,500km)」の攻撃範囲内にあります。


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普天間の謎―基地返還問題迷走15年の総て

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「普天間」交渉秘録

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国外移転は現実的な選択なのか?

Q:米軍再編により、日本にいる米国海兵隊12,400人のうち、8,000人がグアム島へ移転することが決まっていると報道されています。グアムを含めた国外移転を主張する方たちのなかには「なぜすべて移転できないのか?」とおっしゃる方もいますが、いかがお考えですか?

A:米国の「サイパン島」、「グアム島」は、いずれも沖縄から2,000km以上離れ、2,000km同心円の圏外に位置しており、両島から北京まで約4,000km、平壌まで約3,500kmの距離にあります。この距離では、両島を起点とする巡航ミサイル「トマホーク」の射程外になってしまうことを、理解しておかねばなりません。


沖縄からベトナムまで約2,500km、南シナ海の全域をカバーするには約3,000kmの距離を要します。ベトナム戦争で敗北後、インドシナ半島から撤退し、さらにフィリピンのスービック基地から撤退(1992年)した米軍は南シナ海への影響力を弱めていることは間違いありません。しかしながら、その一方で、日本と韓国に駐留する米軍は、中台間の危機、朝鮮半島の危機の両面事態に即応する態勢を堅持しています。


こうした、東アジアの「安定」に貢献する米軍の「紛争抑止」措置は、地政学的に重要な位置を占める沖縄に駐留する米第3海兵師団と、横須賀から東シナ海に展開する米第7艦隊とに、大きく依存しています。


したがって米第3海兵師団が駐留する沖縄は、東アジアの政治情勢が不安定のままの現状では、軍事面での「戦争抑止」に果たす役割が極めて高いといえます。中国本土、朝鮮半島から遠距離(3,500〜4,000km)に位置する「サイパン島」、「グアム島」では、沖縄の果たす役割を肩代わりできないことが明らかです。

琉球・沖縄史の世界 日本の時代史18

琉球・沖縄史の世界 日本の時代史18

この1冊ですべてがわかる 普天間問題

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太平洋戦争時、沖縄戦の意味

Q:琉球王朝時代から外部からの侵略、侵攻を受け続けた沖縄。特に太平洋戦争時、沖縄戦の重要性とはどういうものだったのでしょうか?


A:米軍が企図した日本の本土(九州〜北海道)上陸作戦の前進基地(策源地)として、沖縄が最適地であったため、沖縄の攻防戦は日米双方にとって、戦争そのものの行方を左右する、言い換えるならば、日本の降伏時期を早めるか否かを賭けた、極めて重要な戦いでした。


当時の沖縄には、陸海軍の守備隊が防衛陣地を構築するかたわらで、本土防衛の「楯」になろうと決心した島民が大勢居たことを忘れてはなりません。1945年に入り、制海権、制空権をともに喪失した日本に対して、米軍は、2月16日に硫黄島上陸、3月9日に東京大空襲、3月20日に名古屋大空襲と、一方的な攻撃を仕掛けます。


「一億総玉砕」、「欲しがりません、勝つまでは」との断末魔の叫びに近いスローガンが、日本全土に燃え広がる中で、沖縄島民の大部分が自ら置かれた立場を理解し、陸海軍の守備隊に協力しようとしたけなげな姿勢に対して、現在「平和」を享受している本土の住民は感謝の心を失ってはならないのです。

沖縄の苦戦を支援するために、数多くの「特攻機」が出撃したのも、虎の子として温存していた「戦艦大和」が海上特攻として出撃したのも、ただひとえに、日本防衛の最後の砦「沖縄」を失わないためだったのです。

特攻 最後の証言

特攻 最後の証言


後編に続く<聞き手・構成:小関達哉>

なぜ日本に基地は必要なのか?<後編>解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-06-27

日本の防衛力の課題

Q:私たちが暮らしている日本の周辺には核武装している国があり、日々軍事力を増強しています。しかも他国民を平気で拉致するような独裁国家が存在する現実を踏まえると正直なところ脅威を感じ、不安になります。率直に伺います。いまの日本の防衛力、戦力は「抑止力」として充分なのでしょうか?
A:次の二点が欠落しているために「抑止力」としても充分ではありません。

  1. 核攻撃に独力対処する手段を保持していないこと
  2. 敵の陸上基地を遠隔攻撃する手段を保持していないこと

日本の進路を問う―NHKスペシャル 21世紀日本の課題安全保障

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Q:なぜこのような不十分な防衛力になってしまったのでしょうか?

A:我が国の防衛力整備は1945年8月太平洋戦争終結から9年後自衛隊が発足した時点(1954年)に始まったと考えています。既に日米安保条約が締結されていたために、日米安保体制の枠組みの中で開始されました。

1952年4月サンフランシスコ平和条約が発効して、独立国としての主権を回復した頃の日本は経済力も弱く、自衛隊の装備は米軍貸与からスタートしています。米ソを中心とした東西冷戦下では、朝鮮戦争(1950〜53年)、中・台間の金門島紛争(1954年)、ベトナム戦争(1960〜75年)が相次いで起こり、我が国周辺の東アジアにおける軍事情勢は極めて不安定でした。

こうした中、日米安保体制の下、我が国が整備強化した防衛力は、

  1. ソ連の侵攻に備えた北海道の陸上防衛能力、
  2. 極東港湾から太平洋に展開するソ連潜水艦に対する対潜水艦戦能力、
  3. 戦時中に主要港湾・航路に敷設された機雷を処分して航路の安全を確保する掃海能力、
  4. それに加え領空の警戒と防空能力だったのです。

日米安保で本当に日本を守れるか―新しい同盟は可能か

日米安保で本当に日本を守れるか―新しい同盟は可能か

Q:この防衛力整備計画はどのようなプロセスで決定されたのでしょうか?

A:防衛力整備は「国防の基本方針(昭和32年(1957年)5月20日閣議決定)」に従った、防衛力を保持するため「防衛計画の大綱」を策定して、我が国が保持する防衛戦力の質(能力)と量(数)の枠を決め、その枠を完成させるため「中期防衛力整備計画」を定めて、限られた予算の中で計画的に実施されます。

「防衛計画の大綱」は昭和51年(1976年)10月、昭和52年度以降を対象に初めて策定され、その後東西冷戦が終了して国際情勢が大きく変化する中、平成7年(1995年)11月、約20年振りに平成8年度以降を対象として見直し策定されました。この平成8年度以降に係る「防衛計画の大綱」では防衛の基本方針に「専守防衛」と「非核三原則」とが明記されたのです。

専守防衛──日本を支配する幻想 (祥伝社新書 195)

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専守防衛

Q:「専守防衛」という言葉の定義に執着し、それが足枷になってこのような事態を招いたのではありませんか?

専守防衛」の考えは昭和45年(1970年)の第1回防衛白書「日本の防衛」に初めて発表され、その後この考えが国会審議の場で厳密・微細にわたる机上の空論を加速させ、防衛力整備を阻害する結果を招いたといえます。

例えば、F−4戦闘機導入時の「爆撃装置の取り外し」(昭和47年)、F−15戦闘機導入時の空中給油装置の使用凍結措置(昭和53年)に顕著に表れています。

自国防衛に万全を期すためには最高状態の兵器を保持しなければ目的が達成出来ないのだとの視点が完全に欠落したままになっています。その後遺症が今日まで「遠隔攻撃力」を保持しない、軍事常識からは外れた防衛力整備という結果を招いたといっても過言ではありません。
専守防衛」の基本理念は不安定な東アジアにおいて、周辺諸国の無用な警戒を緩和するには役立つものの、一方的な侵略行為に対しては、その喉(のど)元を直撃する「遠隔攻撃力」を保持しておくことが不可欠です。「最悪の事態にはその攻撃力を使用するぞ」との決意が相手に攻撃「意図」を放棄させ「抑止」効果を発揮するのです。
米国がまだ13州だった、独立して間もない頃、国旗の下辺にガラガラ蛇を描き「Don't tread on me !(踏みつけるな!)」との言葉を記して使用した州がありました。小さな国家だった米国が仮に攻撃されたら、必ず反撃するとの意志表示だったのです。この13州時代のシンボルともいうべき国旗は、独立200周年記念の際、米国艦艇の艦首に一斉に掲揚されました。
敵の主要基地に対する反撃能力を保持した上で「専守防衛」に徹することと、その能力を自ら放棄して「専守防衛」を声高に周辺諸国に宣言することとは、全くもって似て非なるものだと理解しなければなりません。

非核三原則

Q:「非核三原則」についてはどうお考えですか?  
A:「非核三原則」は沖縄返還の前年、昭和46年(1971年)11月に衆議院で決議されました。世界で唯一の被爆国である我が国は「持たず」「作らず」の二原則については世界に向けて発信し続け、世界の非核化に向けたあらゆる努力を続けるべきです。

新版 1945年8月6日―ヒロシマは語りつづける (岩波ジュニア新書)

新版 1945年8月6日―ヒロシマは語りつづける (岩波ジュニア新書)

しかしながら現実に我が国周辺を冷静に見ると、中国、北朝鮮の核ミサイルの脅威に晒されているのも事実です。1980年代末、NATO北大西洋条約機構)がソ連のINF(Intermediate−range Nuclear Forces:中距離核兵力)を撤廃させるために、敢えて米国のINF (パーシング−II)を配備させ、その結果INF全廃条約を勝ち取っています。

米国の「核の傘」に依存している以上「持ち込み」だけは容認して、中国、北朝鮮核兵器に対する「抑止力」を高める必要があります。少なくとも「非核三原則」を国会決議した当時とは、北朝鮮核兵器を保持し東アジアの情勢が大きく変化した現実を直視しなければなりません。

日本の戦争と平和

日本の戦争と平和

「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」策定の先送り

Q:そのような国際情勢の変化に対し、現在の防衛計画に充分な対抗策は盛り込まれているのでしょうか?

A:現在の「防衛計画の大綱」は平成17年度以降に係るものとして、平成16年(2004年)12月10日に閣議決定され、同日「中期防衛力整備計画(平成17年度〜21年度)」が同じく閣議決定されています。本来ならば平成21年度(2009年)に見直して、平成22年度以降に係る「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画(平成22年度〜26年度)」を策定しておくべきだったのです。しかし今日まで見直し策定されないままになっています。

軍事を知らずして平和を語るな

軍事を知らずして平和を語るな

Q:防衛計画という国の重要な基本方針、計画策定の現場でありえないこと、あってはならないことが起こっているということですね。民間企業にあてはめると、事業計画を公表しない上場企業のようなものです。しかしそれは現実に許されるものではありません。社会的責任を果たしている企業と見なされず、株式市場から退場させられるでしょう。

A:おっしゃる通りです。2009年夏に行われた衆議院議員選挙で政権交代が実現し、民主党を中心にした三党連立内閣が誕生しました。しかし鳩山由紀夫内閣の混迷によって、より事態が悪化するという不幸な結果をもたらした「普天間基地移設問題」が解決されないまま、防衛計画の策定が1年先送りされてしまったのです。これは、自衛隊をシビリアン・コントロール文民統制)する立場にある政府の怠慢であり、国防を軽視する国会議員の不作為罪だといえます。こうした経緯の中で、核兵力への対抗策と、敵主要基地への遠隔攻撃力が欠落した防衛力のまま放置されている現実を理解して下さい。

日本に足りない軍事力 (青春新書INTELLIGENCE)

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日米同盟を機軸とした集団安全保障体制の重要性

オバマ語録

オバマ語録

Q:米国の力を借りなければ、自分たちの国を守れない現実があるということですね。

A:その通りです。

1954年自衛隊が発足した時、日米安保条約が発効していたことは既に述べた通りです。日米安保条約昭和35年(1960年)に改定され、今年でちょうど50年になります。

この間米軍の圧倒的な「核戦力」と「空母打撃力」の陰で、特に米海軍から要請された対潜水艦戦能力と我が国周辺の主要港湾・航路の掃海能力の防衛力整備に、さらに領空防衛力整備に限られた予算(GNPの1%以下)を注ぎ込むだけで、経済発展に邁進し、世界に冠たる経済大国の仲間入りを果たしたことは歴史の示す通りです。

Q:米軍再編も検討されている現状で、こうした我が国の防衛力、国防計画に不安を覚える国民も少なくないと思います。今後いまここにある危機に対し、どう対処すべきなのでしょうか?

A:自衛隊が自らの核抑止力と遠隔渡航攻撃力を保持していない現実も既に述べました。

しかし被爆国日本がいまから核開発を開始して、核戦力保持が可能でしょうか?

答えは「NO」です。
核兵器開発に掛かる膨大な予算を核爆弾の悲劇を体験している日本国民が承認しないからです。

それでは「遠隔渡航攻撃力」の保持は可能でしょうか?

巡航ミサイル「トマホーク」の装備、空中給油による飛行距離の増大と爆撃能力の付加をすれば、何とかなるのかもしれません。ただし、米軍からの詳細な情報提供なしには実戦使用すら出来ないのが実情なのです。

こうした問題の解決のために貴重な時間を浪費している間に、韓国の哨戒艦が突然攻撃されて沈没したように、我が国を取り巻く軍事情勢は極めて流動的です。

いまここにある現実の中で我が国が執るべき最良の策は

  1. 50年間培ってきた日米安保体制の信頼関係をさらに強固にすること
  2. 米軍の「核の傘」による核抑止力を継続させること
  3. そして米第7艦隊の空母打撃力と第3海兵師団の上陸・戦闘力が有事の際に全能発揮されるよう日米両軍の作戦環境を整備しておくことに尽きるのです。 

一方戦後65年という長きにわたり「平和」と物質的な豊かさを享受し、効率や便利さをひたすら追求し、拝金主義も横行する日本社会の中で日本国民が決定的に失ってしまったもの、それはどうやら「国を守る心」のようです。国家は、国民自らが守る。この国際的にはごく当たり前の常識が薄弱な状態、それが現在の日本なのかもしれません。

国防

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日本を愛すればこそ、警鐘を鳴らす―論戦2010

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国を守る心とは?

Q:真摯に「国防」を考え、「抑止力」に必要な軍事力の整備を語っても、安易に「軍国主義」だとか「右傾化」だとレッテルを貼られ、非難されるという「思考停止」時代が長く続きました。
しかし、ひたすら平和を祈り、理念や理想を掲げる机上の議論だけで国家・国民の安全が本当に保障されるのか?と不安にもなります。しかもけっして充分とはいえない外交努力では拉致被害者に関する情報すら満足に得られない状況が長く続いています。
日本の戦後教育では「国防」を考えることも、教えることもタブーであり、地政学を教える大学もほとんどないまま研究者も日陰に追いやられてきました。国防の最前線に立ち続けた元自衛隊の幹部である佐藤さんをはじめ、多くの皆さんにこうして冷静に貴重な経験に基づく知見を伺い、時代状況を分析していただくことの大切さをいまひしひしと感じています。

A:恐縮です。私は日本の安易な右傾化やステレオタイプ軍国主義復活を唱えているつもりなど毛頭ありません。国防の最前線に立つ経験を重ねたからこそ、心から平和と安全を希求して止まないのです。
しかし現実を直視すれば、中国の国防費が年々伸び続け(1998年からの10年間で約60倍)、中国海軍の艦船が我が国周辺を堂々と徘徊しては領海侵犯を繰り返しています。
ロシアをはじめとして、日本の領空を侵犯する事件も2009年は新聞報道でも明らかなように299件と頻発しています。また北朝鮮拉致被害者を返すこと無く、核実験とミサイル開発を継続しています。
この不安定な近隣の脅威の中にあって「防衛計画の大綱」を見直すことも無く、「中期防衛力整備計画」が無いままの1年を過ごすことに何の疑問も、不安すら抱かない現実が一番恐ろしい状況なのだといわざるを得ないのです。 
こうした現状だからこそ、「国を守る心」を国民一人ひとりが再認識し、しっかりと考えなければならない大切な時期だと理解して下さい。
Q:ありがとうございます。次週は「普天間基地移設問題」の核心についてお話を伺います。よろしくお願いします。(聞き手・構成:小関達哉)

国防最前線・過去記事はこちら↓からご覧ください。

平和と安全保障を考えるために読んでおきたい10冊の本

アスペクトデジタルメディア編集部選】

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日本の戦争力 (新潮文庫)

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石破茂・前原誠司ほかが集中講義!日本の防衛 7つの論点 (別冊宝島Real)

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さらば日米同盟! 平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策

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坐シテ死セズ

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「国力」会議

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なぜ日本に基地は必要なのか?<前編>解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-06-26

国防の最前線に立ち続け、日本の平和と安全を支えてきた元海上自衛隊海将補、佐藤常寛氏に「いまここにある危機の本質」を解説していただく連載企画第4回。

先週までは独裁国家北朝鮮」が核武装を中心に進める軍事力の増強と挑発、中国、ロシアによって引き起こされる領海、領空侵犯事件の現実、わが国周辺から軍事的脅威が無くならない理由とはなにか?について、お話を伺ってきました。

過去記事はこちら↓からご覧ください。

戦後65年、長く続いた泰平の世に胡坐をかいて、日本国民一人一人の心から「国を守る」という意識がすっぽりと抜け落ちてしまっているのではないか? そんな危惧を感じる方も少なくないでしょう。非武装中立という理念を掲げ、ただひたすら祈るだけでは残念ながら平和と安全は保障されないことも事実です。

世界軍事情勢〈2010年版〉

世界軍事情勢〈2010年版〉

しっかりと現実を直視して、主義主張に囚われず、日本の安全保障に大きな影を落とす今日の現実を正確に理解するために、今週からは「なぜ日本に基地が必要なのか」について、じっくりお話を伺ってまいりたいと思います。

日本の防衛力の実態と課題

Q:現在日本の自衛隊基地、在日米軍施設はどれくらいあるのでしょうか?

A: 防衛省の公刊資料(防衛ハンドブック2010)を基に整理しますと、

  • 自衛隊(陸・海・空)基地は284ヶ所
  • 在日米軍基地は134ヶ所(内一時使用が48ヶ所)です。

防衛ハンドブック 平成22年版 (2010)

防衛ハンドブック 平成22年版 (2010)

自衛隊基地

自衛隊基地は、戦前の陸海軍基地を、戦後に占領進駐した連合軍が接収して使用し、我が国の独立後、警察予備隊自衛隊の創設とともに返還された土地が大半を占めています。

  • 土地・建物の総面積 1,084,714千平方メートル

Q:陸・海・空、自衛隊ごとに基地の使用状況を教えてください。

まず陸上自衛隊からお話しましょう。北は稚内から沖縄に至るまで157ヶ所の基地(駐屯地または分屯地)が広く分散しています。

陸上自衛隊基地分布
  • 北海道 38ヶ所
    • 師団X2 、旅団X2
  • 本 州 82ヶ所
    • 師団X5 、旅団X2 、中央即応集団X1
  • 四 国 4ヶ所
    • 旅団X1
  • 九 州 27ヶ所
    • 師団X2
  • 沖 縄 6ヶ所
    • 旅団X1

我が国は9個師団、6個旅団、1個中央即応集団によって「領土」を守っています。

これらの部隊は5個方面隊に区分され、それぞれ北部方面隊(師団X2、旅団X2)、東北方面隊(師団X2)、東部方面隊(師団X1、旅団X1)、中部方面隊(師団X2、旅団X2)、西部方面隊(師団X2、旅団X1)と呼称、また、大臣直轄の中央即応集団が独立しています。


Q:「旅団」「中央即応集団」という言葉に馴染みのない方も多いと思います。もう少し詳しく教えていただけますか。

A:分かりました。方面隊は総監(陸将)が、師団は師団長(陸将)が、旅団は旅団長(陸将補)が、中央即応集団は司令官(陸将)がそれぞれ指揮します。

旅団は08中業(平成8年〜12年度中期防衛力整備計画)から開始された、陸上自衛隊の組織・編成の見直しの中で創設され、師団の縮小あるいは混成団から改編された部隊です。南西諸島の防衛を強化する目的で、沖縄の混成団が今年3月26日付けで第15旅団に改編されたのは記憶に新しいところです。

また、平成16年10月発生した中越地震の際には、第12旅団(群馬県所在)のヘリコプターが「山古志村」の小学校校庭に夜間、強行着陸して老人・子供を無事救出したように、旅団は規模が縮小されたものの、即応機動性を備えた部隊といえます。

中央即応集団は、平成19年3月に新編された、文字通り、多様な事態に即応するための部隊です。任務の中には、国際平和維持活動(PKO:Peace Keeping Operation)も含まれており、今年1月ハイチ共和国で発生した大規模地震の復興支援活動のため連隊長以下が派遣されました。

<注釈>

  • 師団は定員6,000〜9,000名
  • 旅団は定員3,000〜4,000名
海上自衛隊基地分布

Q:海上自衛隊の基地使用状況はいかがですか?

海上自衛隊は艦艇・航空機を洋上で作戦運用するために、旧海軍が整備した旧軍港5ヶ所を中心に、対潜水艦戦を主目的にする固定翼機の航空基地が5ヶ所、回転翼機(ヘリコブター)の基地が5ヶ所展開しています。

これらの艦艇、航空機の作戦運用と、これを支援する基地は55ヶ所です。

  • 北海道 4ヶ所 
  • 本 州 33ヶ所
    • 地方隊X4、護衛隊群X3、航空隊群X4、潜水隊群X2
  • 四 国 2ヶ所 
  • 九 州 14ヶ所
    • 地方隊X1、護衛隊群X1、航空隊群X2
  • 沖 縄 2ヶ所
    • 航空隊群X1

我が国は5個地方隊、自衛艦隊(護衛艦隊、航空集団、潜水艦隊、掃海隊群)によって「領海」を守っていることになります。

地方隊は総監(海将)が、自衛艦隊は自衛艦隊司令官海将)の隷下で、護衛艦隊(4個護衛隊群)、航空集団(7個航空隊群)、潜水艦隊(2個潜水隊群)の各司令官(海将)と掃海隊群司令海将補)がそれぞれ部隊を指揮しているのです。

北朝鮮のミサイル脅威に備え、ミサイル防衛(MD:Missile Defense)のため、イージス艦6隻が現在就役、SM−3(Standard Missile type 3)の装備を促進中です。

旧海軍では女性の乗艦を嫌いました(海の女神が嫉妬するとの言い伝え?)。しかし最近では少子化による隊員不足と女性自衛官の積極的な乗り組み志望もあって、昨年9月には海洋観測艦「わかさ」(2,050トン)の艦長にはじめて女性幹部自衛官が就任しています。

軍事組織とジェンダー―自衛隊の女性たち

軍事組織とジェンダー―自衛隊の女性たち

がんばれ女性自衛官―We love WAC!WAVE!WAF! (イカロスMOOK)

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さらに、現在艤装中のヘリコプター搭載護衛艦「いせ」(13,500トン)には18名の女性自衛官が乗り組み、幹部自衛官の一人は航海長に配置される予定です。 航海長は戦闘配置はもちろん出入港、狭水道(狭い海峡)の航行など難しい状況下で艦長の手足となって、艦橋に起ち13,500トンの巨艦を操艦することになります。

海上自衛隊に女性自衛官(以前は婦人自衛官と呼称)が最初に入隊したのは、昭和49年陸上自衛隊から転換した幹部7名でした。あれから36年が経過して女性自衛官の洋上進出が顕著になり、戦闘艦に乗り組み操艦する現実に隔世の感を深くします。

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航空自衛隊基地分布

Q:航空自衛隊の基地使用状況を教えてください。

航空自衛隊稚内から宮古島に至るまで、日本国内で72ヶ所展開しています。

  • 北海道 9ヶ所
    • 戦闘航空団X1、高射群X1、航空警戒群X1、同警戒隊X5
  • 本 州 44ヶ所
    • 戦闘航空団×3、高射群X3、航空警戒群X4、同警戒隊X9、警戒航空隊×2
  • 四 国 1ヶ所
  • 九 州 12ヶ所
    • 戦闘航空団X2、高射群X1、航空警戒群X2、同警戒隊X4
  • 沖 縄 6ヶ所
    • 戦闘航空隊X1、高射群X1、航空警戒群X1、同警戒隊X2

我が国は、6個戦闘航空団、1個戦闘航空隊、6個高射群、28個航空警戒部隊(8個警戒群、20個警戒隊)、2個警戒航空隊によって「領空」を守っていることになります。

これらの部隊は、航空総隊司令官(空将)の隷下で

  • 北部方面隊
    • 2個戦闘航空団、2個高射群、1個航空警戒管制団(2個警戒群、5個警戒隊)
  • 中部方面隊
    • 2個戦闘航空団、2個高射群、1個航空警戒管制団(3個警戒群、8個警戒隊)
  • 西部方面隊
    • 2個戦闘航空団、1個高射群、1個航空警戒管制団(2個警戒群、4個警戒隊)
  • 南西航空混成団
    • 1個戦闘航空隊、1個高射群、1個航空警戒管制隊(1個警戒群、3個警戒隊)

に編成され、それぞれ方面隊司令官(空将)及び混成団司令(空将)が指揮しています。 

Awacs and Hawkeyes: The Complete History of Airborne Early Warning Aircraft

Awacs and Hawkeyes: The Complete History of Airborne Early Warning Aircraft

2個警戒航空隊のAWACS (Airborne Warning and Control System:早期警戒管制機)とE-2C (早期警戒機) は総隊司令官の直轄で運用され、領空全域をカバーして戦闘機の緊急発進を支援します。

また、ミサイル防衛( MD:Missile Defense )の監視機能を強化するために国内で研究開発された 「J/FPS−5 レーダー」は、1号機を2009年下甑警戒隊に設置。同型レーダーは佐渡、大湊、与座岳(沖縄)の3ヶ所に随時、設置予定です。

北朝鮮弾道ミサイル迎撃用の「ペトリオット PAC−3 (Patriot Advanced Capability-3 :ペトリオット能力改善3型)」は6個高射群に随時、配備されています。ただ、このミサイルの射程が約20 Kmと短い事実を理解しておいてください。

在日米軍司令部

在日米軍司令部

米軍再編

米軍再編

在日米軍の基地分布

Q:在日米軍の基地使用状況を教えてください。

在日米軍の基地(施設・区域)は我が国全域で134ヶ所(内、一時使用48ヶ所)です。

使用施設・区域の総面積 1,028,267千平方メートル

  • 北海道 18ヶ所
    • 内17ヶ所は一時使用
  • 本 州 61ヶ所
    • 内23ヶ所は一時使用
  • 四 国 なし 
  • 九 州 21ヶ所
    • 内8ヶ所は一時使用
  • 沖 縄 34ヶ所
    • 内1ヶ所は一時使用

本州には、在日米軍司令部(横田)、在日米陸軍司令部(座間)、在日米海軍司令部(横須賀)の司令部組織のほか、第35戦闘航空団(三沢)、第12海兵航空群(岩国)、西太平洋艦隊航空部隊司令部(厚木)が、九州には佐世保艦隊基地隊が駐留しています。

沖縄には、戦闘部隊として第18航空団(嘉手納)、第1特殊部隊群(空挺)第1大隊(トリイ)、第3海兵師団司令部(キャンプ・コートニー)、第4海兵連隊(キャンプ・シュワブ)、第12海兵連隊(キャンプ・ハンセン)、第36海兵航空群(普天間)が駐留しています。

米軍再編と在日米軍 (文春新書)

米軍再編と在日米軍 (文春新書)

在日米軍施設・区域(一時使用を含む)の分布比率
地 域 箇 所 面 積(平方m)
全 国 134ヶ所 1,028,267,000
北海道〜九州 100ヶ所  795,334,000
沖 縄  34ヶ所  232,933,000
沖縄の負担率  25.4%    22.7%
米軍専用施設(常時使用)施設・区域の分布比率
地 域 箇 所 面 積(平方m)
全 国  85ヶ所  310,055,000
北海道〜九州  52ヶ所   80,810,000
沖 縄  33ヶ所  229,245,000
沖縄の負担率  38.8%    73.9%

以上のように数値を並べて見ますと、

一時使用を含めた米軍の施設・区域「134ヶ所」が、北海道から沖縄まで広域に分布し、加えて、施設・区域の多くが日米で共用されている現状では、我が国有事の際、日米部隊の共同作戦上有利だといえます。

米軍再編の政治学―駐留米軍と海外基地のゆくえ

米軍再編の政治学―駐留米軍と海外基地のゆくえ

しかし一方で、独立後58年を経過していながら、自国の防衛を在日米軍に大きく依存する「防衛体質」では「他力本願」の「国防意識」を国民の多くに蔓延させたまま放置し続けることになります。また、日本防衛に米国の若者の血を流させる担保として米軍基地の維持経費を負担し続けることにもつながるため、我が国の防衛力整備で不足していた「戦力」に関して、日米間の役割分担を前向きに再検討する重要な時期を迎えていると断言できます。
これでわかる日本の防衛―コンパクト版防衛白書〈平成21年版〉

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普天間基地移設問題で、改めて国民が覚醒したように、米軍が常駐する施設・区域の専有面積で負担が突出(73.9%)する沖縄に、なぜ米軍が海兵隊の駐留に固執するのかをも併せ、東アジア全体の国際情勢(政治・軍事)を正しく理解した上で、「我が国の防衛問題」として、国民全体が自らの義務と責任において、「日米同盟の在り方」を考えることに他ならないのです。
この1冊ですべてがわかる 普天間問題

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後編につづく。↓

国防最前線 いまここにある危機の本質<第五回>

オバマで変わるアメリカ日本はどこへ行くのか

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第三回「領海、領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?」<後編>解説:佐藤 常寛(元海将補)

ch_nippon2010-06-19

Q:前編では中国について、解説していただきました。もうひとつの隣国ロシアはどうでしょうか?
A:ロシアは、ソ連が崩壊したあと、政治体制を共産党一党独裁から共和制に移行しましたが、我が国との間で「平和条約」を締結しないままの状態が続いています。戦後、我が国が連合国の占領から独立した「サンフランシスコ条約」にソ連は署名せず、ソ連の後継となったロシアも「平和条約」を締結しないまま今日に至っています。

ソ連終戦の混乱に乗じて、「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、旧満州に侵攻、また、北方四島を不法占拠したのは、周知の通りです。

残念ながら、「日・ロ間」には今もって「平和条約」は締結されておらず、北方四島を占領されたままの、完全な終戦状態ではない事実があります。この視点に立てば、ロシアが「対象国」として航空機による領空侵犯を繰り返し、その都度、我が国のレーダー・サイトの性能と緊急発進する空自戦闘機の対応能力とを調査・確認しているその意図が明確になります。

このロシアの平時における情報活動は、純軍事的視点では当然といえますが、領空侵犯を座視するだけで対処しなければ、我が国の防衛体制が脆弱であるとの誤解を与えかねません。

ロシア軍侵攻〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリコレクション)

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Q:抑止力につながる日本の防空体制の現状、課題を私たちはどう理解しておく必要がありますか?

我が国の「防空識別圏ADIZAir Defense Identification Zone)」を監視する「自動警戒管制組織(バッジ・システム:Base Air Defense Ground Environment System)」を正しく機能させ、早期警戒・緊急発進対処を適切に実行し続けることが、航空機によるロシアの「渡航侵攻」意図を未然に放棄させることにつながり、「抑止力」になります。

このために、航空自衛隊パイロットが、日夜、緊急発進態勢を維持し、「即応待機」している事実を、理解して下さい。

ロシアが北方四島を米国が沖縄を返還したと同じように返還し、「日・ロ平和条約」を締結するまで、ロシアは潜在的な脅威であると認識すべきなのです。

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Q:「ロシアはすでに脅威ではない」と安心してはいけないということですか?

戦後65年間、平和な状態にどっぷり浸っている日本人にとって、危機・脅威に対する意識が軽薄になるのは仕方のないことかもしれませんが、安全保障に関してだけは「先憂後楽」の心掛けを忘れないことです。

平時においても、領海・領空侵犯は国際法違反ですので、その都度、正しく国民に報道し、外交ルートを通して相手に抗議し続けなければなりません。領域侵犯に関する報道が少なく、外交的な抗議もあまりない状況は、国を挙げて「平和ボケ」しているのだと侵犯国が嘲り、今後も同じ行動が続くと肝に銘じるべきです。

東西冷戦が終結し、ソ連が崩壊してロシアに政権が移行しても、ロシアの軍事組織が我が国に対して気を緩めることなく、情報活動を続けている実態は、理解しておくべきなのです。

参考までに、情報を大別すると次の四つに分けられます。

  1. HUMINT(Human Intelligence) 人的情報
  2. COMINT(Communication Intelligence) 通信放送情報
  3. ELINT(Electric Intelligence) 電磁波情報 
  4. ACINT(Acoustic Intelligence) 水中音響情報

HUMINTは映画「007ジェームズ・ボンド」に描かれるようなスパイによる情報の他、イラク戦争後にイラク兵捕虜からの情報入手が拷問ではなかったかと問題になったような捕虜からの情報等、人的な情報です。

有名なのはソ連スパイによる米国からの「原爆製造」情報に基づいて、ソ連が原爆製造に成功した例があります。最も卑近な例では、現職の自衛官が中国女性に色仕掛けで情報を要求された、いわゆるハニー・トラップHoney Trap)はこの情報収集手段のひとつです。

Q:ハニー・トラップと聞くと、まるで映画やドラマのようなことが現実に起こっているのですね。
A:ハニー・トラップ(Honey Trap)は、直訳すれば「蜜の罠」。すなわち、女性がその「魅惑」を武器に男性を虜(とりこ)にして、必要な情報を手に入れる手段です。旧ソ連の情報部門が積極的にこの「罠」を仕掛けたことが知られていますが、歴史的に興味深い事件を例示してみましょう。

マタハリ」は第一次世界大戦中、ドイツのスパイとして活躍したオランダ人女性。インド舞踊のダンサーが本職で、「マタハリ」はその芸名でした。大変美しい容貌とヌードに近い妖艶(ようえん)な踊りで、大戦前のパリで一躍有名となり、フランスの貴族、外交高官、高級軍人の愛人を遍歴している際に、ドイツによってスパイに仕立てられました。スパイとしての実績には疑問もありましたが、1917年2月、フランス当局に逮捕され、同年10月銃殺されました。

危険な愛人マタハリ―今世紀最大の女スパイ (20世紀メモリアル)

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マタハリ [DVD] FRT-239

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  • プロヒューモ事件

1961年、イギリスのジョン・プロヒューモ陸軍大臣は、売春婦でヌードモデルのクリスティン・キーラーと親密な仲になりました。ところが、この女性が在英ソ連大使館の海軍武官とも関係していることが、当時のマクミラン内閣で問題となり、その後、マスコミの報道によってプロヒューモは辞任に追い込まれました。機密漏洩(ろうえい)が実際にあったかどうか、真実は「闇の中」に葬られましたが、現職の陸軍大臣が「罠」に嵌められた事件として、イギリス国内だけでなく、アメリカ、フランス等の軍事同盟国でも、大々的に扱われました。プロヒューモは結局晩節を汚し、不遇のうちに世を去りました。

スパイの世界史 (文春文庫)

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  • 上海の日本領事自殺事件

2004年5月、在上海日本領事館の若い領事が自殺しました。その遺書から、彼がカラオケ店で知り合った中国女性を介した組織から情報の提供を強要されていた事実が明るみに出ました。自殺した領事は「日本を裏切ることは出来ない」と遺書に認めていたとのこと。自業自得とはいえ、不幸な「罠」の中で、最後は毅然と「日本人としての矜持」を貫き通したその姿勢に、同情を禁じ得なかった事件でした。平和な日本国内では、想像できないような「工作」が、今もって中国国内では行われている事実を、理解しておく必要があります。

上海 (岩波文庫)

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こうした事例から見えてくるものは、人は必ず母の胎内から生まれ出る運命(さだめ)を背負っているため、ことに男性は、「母」を通して潜在的に女性を崇める傾向にあること。そして、男性は「母性」に甘える、この弱点を衝かれた時、「ハニー・トラップ」に嵌められやすいということです。軍事だけでなく、国内外問わず、企業その他の重要機密を「ハニー・トラップ」によって盗まれないよう注意しなければならないのです。

ところで、HUMINTとは別の視点での国際的な「ハニー・トラップ」としては、古代エジプトクレオパトラ女王が、紀元前48年、ユリウス・カエサル(シーザー)に単独で逢い、「蜜の罠」で英雄の心を虜にし、エジプトを救った故事があります。「ハニー・トラップ」は古くからあったものですね。

クレオパトラ [DVD]

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Q:COMINT、ELINT、ACINTについても、詳しく教えていただけますか?

COMINT(Communication Intelligence)は通信・放送を傍受して、内容を分析、相手の国情・意図等を日頃から蓄積しておく情報を指します。1980年代まで英国ではアフリカのガボン放送中継所を経由する主要諸国の放送を傍受・解析して世界の動き・各国の情勢を分析していました。近年、部隊間の交信は、送・受信機で暗号化し、傍受解読されないよう、注意が払われています。

捜査手段としての通信・会話の傍受

捜査手段としての通信・会話の傍受

ELINT(Electric Intelligence)は、電波からγ(ガンマー)線までの電磁波のうち、レーダー波等を対象とした情報のことをいいます。ロシアの戦闘機の領空侵犯は、我が国の航空自衛隊のレーダー・サイトのレーダー周波数の分析、航空基地からの緊急発進対処能力を把握するために、意図的に実施していると考えるべきです。
レーダ技術

レーダ技術

ACINT(Acoustic Intelligence)は海水中のあらゆる音響を対象にした情報です。特に、対潜水艦戦を目的とした音響情報収集には、東西冷戦下の米ソ潜水艦が鎬(しのぎ)を削りました。
レッド・オクトーバーを追え!アドバンスト・コレクターズ・エディション [DVD]

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映画「レッド・オクトーバーを追え」で描かれた米ソの潜水艦戦は少しオーバーな表現もありましたが、水中の潜水艦同士の戦いは、互いに「暗闇」の中で、眼の見えない映画でもおなじみの「座頭市」同士の争いに似ています。相手の存在場所を音だけで判断します。このため、「対象国」潜水艦の音響特性を収集することが極めて重要なのです。
座頭市 DVD-BOX

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Q:海上自衛隊創設以降初めての、潜水艦による30日間「無寄港・無補給」行動を達成した「うずしお」の乗組員としての経験やその後も潜水艦勤務が長く、艦長も務められた佐藤さんならではの貴重なお話だと思います。対潜水艦戦が真っ暗闇で視界ゼロ、そんな中で音だけを頼りに戦うという事実も驚きです。もう少し詳しく教えていただけますか?

A:海水中の潜水艦にとって、相手(敵)潜水艦の位置を確認する手段としては、ソーナー(SONAR:Sound Navigation and Rangingの略)と呼ばれる水中音響装置しかありません。ソーナーには、自ら超音波を発してその反射により相手を探知する「アクティブ・ソーナー」と、自らは静粛を保ちながら相手の発する音響を補足して、その位置を推測する「パッシブ・ソーナー」があります。潜水艦は水中で静粛を保つ隠密行動が特徴であり、最大の武器です。したがって水中では、静粛を保ちながら、ただひたすら聞き耳を立てて聴音に努めます。

 自らを静粛にしておかないと、相手から先制攻撃を受けるため、潜水艦の艦内はさまざまな工夫が凝らされています。一例を挙げれば、潜航状態の艦内では艦長以下乗組員全員が音を立てないようにゴム底の運動靴を履き、ラッタル(階段)には毛布を巻いておくこともあります。それぞれの潜水艦が戦いの中で生き残るためには、こうした艦内の静粛化のための工夫を凝らし、さまざまな知恵を絞ることがとても重要なのです。

Q:素人考えで恐縮ですが、海中は雑音も多いような気がします。音に対する集中が生死を分けることに直結する、極度の緊張が長く続く過酷な勤務ですね。

 その通りです。水中で潜水艦同士が戦闘状態に入った時は、互いに息を潜め、ソーナーからの探知情報に全神経を集中させるのです。

 ところが海水中は、イルカ、カニ、エビ、その他の魚の声が入り混じり、結構賑やかな雑音に溢れています。この背景雑音の中から潜水艦が発生させる、独特の音を聞き分けるには高度の聴音能力が要求されます。

潜水艦が発生させる、人工的な音、例えば、キャビテーション・ノイズ(=スクリューが海水を掻き回す時に発生する気泡の音)、舵を動かす油圧の音など、を聞き分ける上級ソーナー員は、艦の耳なのであり、「レッド・オクトーバーを追え」では、しばしば艦長を直接補佐するシーンが見られましたね。こうして、潜水艦は暗闇の中で、耳を頼りに戦います。

 日本近海では、海上自衛隊と米海軍潜水艦の間では、お互いに行動する海域を区分しながら行動するのですが、ある時、他の潜水艦がいないはずの海域で水中スクリュー音を比較的近くで聞いたことがありました。おそらく、第三国海軍の潜水艦であったと考えられます。水中衝突を避けるためにもソーナーの聴音警戒は重要です。

潜水艦勤務は日々「海の守り」の一端を担い、水圧と戦いながら、長期間海水中で勤務しています。こうした潜水艦乗組員の表には出ない苦労があるという事実を多くの方に理解していただけたれば幸いです。

海の友情―米国海軍と海上自衛隊 (中公新書)

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ディスカバリーチャンネル 世界の名潜水艦TOP10 [DVD]

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Q:貴重なお話、体験談を交えて分かりやすく教えていただき、本当にありがとうございます。次回からは普天間基地移設問題をはじめ、日本の基地について大局的なお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

過去記事はこちら↓からご覧ください。

   http://d.hatena.ne.jp/ch_nippon/20100605/1275705873

  • 第二回 領海・領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?<前編>

   http://d.hatena.ne.jp/ch_nippon/20100612/1276323216

(聞き手・構成:小関達哉)

第二回「領海、領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?」<前編>解説:佐藤 常寛(元海将補)

ch_nippon2010-06-12

Q:近年中国の潜水艦、ロシアの戦闘機による日本の領海、領空の侵犯はこれまで必ずしも大きく報道されてきていません。しかし実際はこうした事件は頻発していると聞きます。

なぜこうした事件が起きるのか?国際法に照らして、明らかに違法ととれるこうした事件の本質を解説していただけますか?

A:孫子の兵法に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の一節があります。

平時において「仮想敵(対象国)」を「知る」ことは、有事の戦闘に備え相手の警戒監視・作戦能力の把握を意味します。このために、軍事力強化を図る国家は、「対象国」の軍事能力を探ろうと、平時から情報収集に最大限の努力を払うわけです。

東西冷戦時代の米ソ間では、大は「原爆製造」から小は「電子機器」の性能に至るまで、様々な情報戦が密かに繰り広げられたのは周知のとおりです。

Q:中国の動きひとつ取っても、この4月中国海軍艦載ヘリが二度も日本の護衛艦に異常接近したり、日本の排他的経済水域EEZ)で中国政府船が海上保安庁の測量船の調査活動を妨害したりと中国の海洋進出の意思は明確になってきたように思います。これほどまでに堂々と中国が頻繁に領海侵犯を繰り返すのはなぜですか。

A:答えは簡単です。我が国を「対象国(仮想敵国)」として位置付けているからです。

中国海軍は1982年の「近代化計画」に従って、沿海防御力を整備(1982年〜2000年)したあと、「近海行動防御(Off-shore Active Defense:沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオを結ぶ「第1列島線」の防御)」を2010年までに完成させ、次に、「遠海防御(Far Sea Defense:伊豆半島小笠原諸島、グアム、サイパン、パプア・ニューギニアを結ぶ「第2列島線」の防御)」に活動範囲を拡大していると推定されます。(米国防総省中華人民共和国の軍事力2009」要約)。


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また、新聞報道によれば、中国海軍の高官は米海軍との会談の席で、太平洋を米中で二分しようとまで発言したといわれます。

中国海軍が、海洋権益の拡大をめざしていることは明らかです。

「近海海軍(Off-shore Navy)」から「太洋海軍(Ocean Navy)」に脱皮を図ろうとする中国海軍にとって、一番ほしいものはそれまで「未知だった海洋の実態」です。

島国である我が国、あるいは自国から遠く展開する「海洋戦略」を取り入れてきた米国は、歴史的にも早くから所要の海洋環境の調査を重ねた実績を持っています。

これに対して大陸国の中国は、「明朝」時代に太洋に一時進出した以外、海洋での活動が殆んど無いに等しい状態でした。

このため、「遠海防御」の目的と、太平洋の権益獲得とに向けて、活動を拡大しようとする中国は、所要の海洋環境調査に必死なのです。海流・海底地形・海水温度変化・周辺沿岸の電波環境等々、およそ、水上艦艇・潜水艦・航空機の作戦に必要な情報を、事前収集する必要に迫られているといえます。

中国大陸から遠い、我が国の領土「沖ノ鳥島」周辺までも、中国海軍の艦艇・調査船が行動する事実が、それを証明しています。こうした中国の領海侵犯を繰り返してでも、我が国周辺の海洋調査を貫徹しようとする「意図」こそが、我が国を「対象国」として扱っている証拠なのであり、中国の軍事力は我が国にとって潜在的な脅威なのです。


Q:新聞各紙も取り上げていますが、領海、排他的経済水域EEZ)が未画定の海上で、操業中の中国船籍(漁船)を中国海軍が「護衛艦」方式で保護し、さらに他国漁船を取り締まるというがどんどん大胆になっています。

その影響で南シナ海においても周辺国との緊張も高まっています。5月に入ってからも中国漁船が銃撃を受けたり、周辺国の海軍艦艇に拿捕されたりとさまざまな事件がありました。

一方マレーシアやベトナムインドネシアはロシアや韓国からの輸入により軍備の増強も進んでいると中国の雑誌「世界知識」が報じています。

この一連の出来事、緊張感関係を引き起こしているのは中国が南シナ海における実効支配を強め、西太平洋への進出を円滑に進めたいという明確な意思が働いているからと考えるのが妥当ではないかと思いますが、そんな彼らにとって最大の脅威は何ですか?

A:それにはまず、中国が南シナ海を支配してきた経緯を理解する必要があります。

国益が錯綜する重要な地域に、軍事力の空白が生じると、その空白を利用して、軍事力を背景とした国家が、その地域に進出する現実について、第1回解説「朝鮮戦争」の項で触れましたが、中国の南シナ海への進出は、米ソの軍事力が同海域の周辺からそれぞれ撤退する前後から激しさを増しています。

南シナ海の領有に関連した各国の主な動きを時系列で整理してみましょう。

  …パラセル諸島半分領有中のベトナム軍を排除

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  …領海12海里、EEZ200海里明記。条約は1994年発効

  …ベトナム守備隊を武力排除

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  …南沙諸島西沙諸島尖閣諸島の領有宣言

こうした、米ソ軍事力の空白出現と、国連海洋法条約の新たな展開とに呼応した、中国の海洋権益(資源確保)を求める飽くなき諸島領有拡大が、南シナ海での緊張を高めています。

現在、西沙諸島に関しては、中国、台湾、ベトナムが、南沙諸島に関しては、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが、領有権を争っており、中国海軍のなりふり構わぬ横暴な行動に、これらの関係諸国が軍事力増強を図るのは当然です。

なお、調査等を妨害する中国の「漁船」は、米国防総省の「中華人民共和国の軍事力2009」によれば、海上民兵(Naval Militia)が乗船し軍事活動しているのです。

この中国海軍にとって、最大の脅威は、日米安保同盟に基づき横須賀に在籍する米第七艦隊の空母機動部隊の打撃力です。

他方、空母にとって、最大の脅威は敵の潜水艦です。従って、中国海軍は、潜水艦の能力向上に最大の努力を払い、海上自衛隊の対潜水艦戦能力を見極める為、意図的に領海侵犯を繰り返しているものと推察されます。

さらに、海底地形その他を調査する中国海軍籍の艦船が頻繁に我が国周辺を徘徊し、収集した資料に基づき、中国潜水艦が水中隠密行動の能力を高めている事実を、決して見逃してはならないのです。

Q:ありがとうございます。さまざま立場、主義、主張の壁を超え、まず正確に現実を知ることが大切だという思いをさらに深くしました。次回は後編、ロシアについてお聞かせください。よろしくお願いします。

解説者略歴:佐藤 常寛(さとう つねひろ)1944(昭和19)年長崎県佐世保生まれ。防衛大学校(第12期)出身。潜水艦艦長、在ノルウェー王国防衛駐在官舞鶴地方総監部管理部長、下関基地隊司令、幹部学校研究部長などを歴任。1999(平成11)年12月退官。元海将補。

   http://d.hatena.ne.jp/ch_nippon/20100605/1275705873

  • 第三回 領海・領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?<後編>

   http://d.hatena.ne.jp/ch_nippon/20100619/1276930407

孫子の兵法 (図解雑学)

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知識ゼロからの孫子の兵法入門

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(聞き手・構成:小関達哉)

NPO平和と安全ネットワーク夏川和也理事長(元統合幕僚会議議長)

ch_nippon2010-06-10

【理事長略歴】

夏川 和也(なつかわ かずや) 
1940年、山口県生まれ。
防衛大学校卒業後(第6期)、教育航空集団司令官、
佐世保地方総監、海上幕僚長統合幕僚会議議長を歴任。
1999年、退官。

日立製作所特別顧問を経て、
財団法人水交会理事長、NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長。

NPO法人「平和と安全ネットワーク」夏川和也理事長設立ご挨拶(動画)

夏川和也理事長インタビュー


Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。


A:統合幕僚会議議長です。3自衛隊の努力を統合するための方策を検討する陸・海・空幕僚長で構成される会議(機能)の議長(まとめ役)です。


Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?


A:任官してすぐ遠洋練習航海に出ました。帰国後操縦課程に進み、一年半後に最初の任地である八戸航空基地の第四航空隊に赴任しました。 
 任務は対潜哨戒機(P2V−7)のナビゲーター(戦術航空士)です。潜水艦の探知・追尾・攻撃の訓練と同時に、監視や災害派遣、海氷観測に従事するとともに、操縦士としての訓練を受けました。


Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。


A:航空隊での勤務が合計で約10年になりますのでもっとも長いものです。その他は、地上勤務と呼んでいますが(飛行配置でないもの)、合計すれば38年になります。


Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。


A:昭和40年台前半、災害派遣に出動した時の事です。 

 千島列島のソ連領海付近で日本漁船が転覆しました。海上保安庁の巡視艇が駆け付けたところ、海面に出ている船底の中から転覆した漁船の乗組員が合図を送っていました。

 海上保安庁の巡視艇には船底を切り裂く道具が無く、一式を海上自衛隊の哨戒機で運ぶことになり、私はその航空機に乗りこむことになりました。

 装置の積み込み、航法の確定、海保巡視艇との通信手段の確定等準備を完了し、あとは出動命令を待つだけとなりましたが、なかなか発動されません。

 理由の細部は聞かされませんでしたが、ソ連との外交調整に手間取り時間がかかったということでした。

 やっと命令が下り、離陸。

 現場からは「転覆した漁船の船底から合図はまだ送られている。しかし時間が経っているので、いつまで持つか分からない、急いでくれ」ということで、最大速度で進出。

 現場到着まで後5分という時に、海保巡視艇から「信号が弱くなってきている、急げ」という通信が入り、以後刻々と状況が入ります。

 装置の投下方法の打ち合わせをしている間にも、「信号が弱くなる、信号が弱くなる」と悲鳴に近いものに変わってきました。

 現場上空到着、投下準備という機長の号令がかかった、まさにその時現場から「信号が途絶えた」という知らせが入りました。

 何分間か分かりません、哨戒機内、海保巡視船からも、誰も声を発するものはありません。 

 もう少し早ければ、もう少し早ければ何人かの命が救えたのに、残念だ、本当残念だという思いです。

 巡視船に挨拶をして現場を離れましたが、帰路の機内の雰囲気の沈んだこと、そんな経験はそれ以後の飛行ではないものでした。
(聞き手・構成:小関達哉)

NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長プロフィール

夏川 和也(なつかわ かずや) 1940年、山口県生まれ。防衛大学校卒業後(第6期)、教育航空集団司令官、佐世保地方総監、海上幕僚長統合幕僚会議議長を歴任。1999年、退官。日立製作所特別顧問を経て、財団法人水交会理事長、NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長。

         
         

防衛白書 平成21年版

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これでわかる日本の防衛―コンパクト版防衛白書〈平成21年版〉

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最新版 安全保障学入門

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