沖縄と普天間基地移設問題<後編>解説:佐藤常寛(元海将補)
沖縄の歴史
Q:太平洋戦争時の沖縄戦における悲しい記憶が現在の基地問題にもたらした影響についてお伺いします。今日の基地問題を考えるうえで歴史的経緯に目を向けること、正確な史実を理解することが大切なことではないかと思いますが、いかがお考えですか?
A:同感です。それでは一般住民をも巻き込んだ「沖縄戦」が今日の基地問題にまで影響し、尾を引いていることの根本について考えて見ましょう。
まず「国を守る」ことの意義です。
「国を守る」とは
- 国民の生命・財産を守る
- 領域(領土・領海・領空)を守る
- 国の主権を守る
この三点に集約されます。
沖縄戦で一般住民を巻き込んだ陸上戦闘、あるいは、満州で関東軍が日本人住民を放置して撤退した行為から浮き上がるものは「国民の生命・財産を守る」との基本概念が、旧日本軍の一部に欠落していたということです。
非戦闘員、特に将来を託すべき婦女子の生命保護に全力を傾けるべきでした。沖縄戦を語るとき、必ず俎上に上がる「集団自決」、「軍の住民殺戮」の問題は正確な史実の真贋、その評価が未だ定まらないものの、これは沖縄島民の軍隊に対する不信感の表れであり、この軍隊に対する「猜疑心」が現代の基地問題を複雑にしていることは間違いありません。
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沖縄がその昔「琉球王国」として独立していた事実は周知の通りです。
1400年代の琉球王朝は、中国「明」に朝貢貿易をする一方で、日本本土の諸港との貿易、さらには、東南アジアにまで貿易の輪を広げ、栄えていたといわれます。しかし豊臣秀吉が天下を統一し、薩摩藩が琉球支配に動いたことから「琉球」の辛酸な歴史が始まっています。
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- 1609年 薩摩軍が首里城攻略
- 1610年 琉球王が徳川将軍に拝謁(薩摩の琉球支配承認)
- 1872年 琉球藩設置 (第一次琉球処分)
- 1879年 琉球藩を廃し鹿児島県に編入 (第二次琉球処分)
- 1894年 日清戦争
- 「清」の敗北により琉球に対する日本の主権が確定する。
- 1945年4月1日、米軍沖縄上陸
- 6月23日、沖縄戦集結。米軍の沖縄軍政開始。
こうして沖縄の近代史を概観すると、琉球王朝から薩摩藩支配、琉球処分を経て沖縄戦、米軍の軍政統治へと、次々に外圧に翻弄された島民の辛酸がよく判ります。沖縄は海上交通の要衝に位置したことで「貿易」で一時栄えたものの、1600年代以降常に外部からの武力に脅かされ、悲哀を重ねてきたといえるのです。
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本土復帰以降の沖縄
Q:本土復帰以降も沖縄県民の方々にとって大きな負担と犠牲を強いることになった経緯とはどういうものだったのでしょうか?
A:我が国が昭和16年の閣議決定により「大東亜戦争」と呼んでいた太平洋戦争終結後、日本本土は連合国の占領下に、そして沖縄は米軍の軍政下に置かれました。本土は1952年「サンフランシスコ平和条約の締結によって独立を果たしますが、沖縄は1972年の本土復帰まで米国の軍政下にそのまま置かれました。
- 1945年6月23日、日本軍の組織的戦闘終結。米軍による島民私有地の強制収用始まる。
- 1952年 日本独立。米国は沖縄に島民による「琉球政府」を設置して軍政を継続。
- 1953年 奄美群島が日本復帰。
- 1968年 「琉球政府」行政主席選挙。日本への「即時無条件全面返還」が大勢を占める。
- 1972年5月15日、沖縄が日本復帰。
このように米国の統治下で28年間耐えた沖縄島民が返還前に一丸となって「日本復帰」を望み、復帰した当日沖縄が「日の丸」で埋め尽くされた光景は島民の素直な心の表れでした。この事実を我々日本国民全員は忘れてはならないのです。
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強制土地収用
Q:現在の米軍基地は沖縄島民から強制収用した土地も少なくないと聞きます。
A:米国の軍政下において拡大整備された米軍基地の土地は沖縄島民から強制収用されたものが大部分であり、基地敷地を元々所有していた島民が、今なお多数存在します。
本土(九州〜北海道) の自衛隊基地、あるいは米軍基地のほとんどが旧日本軍の基地跡のために国有地なのですが、沖縄の基地は島民の私有地を契約貸借しているのであって、この点でも基地問題をより複雑にしている背景があると理解して下さい。
いずれにしても旧日本軍の守りが「島民の生命」の細部にまで至らなかったこと、沖縄の歴史が外圧に晒される中で辛酸を繰り返すものであったこと、少なくともこの二点を正しく認識して、沖縄県民の基地に対する想いを真摯に受け止める必要があります。
その上で、東アジアの不安定な政治・軍事情勢の中で、我が国を守り、核の脅威を「抑止」するための最善の策が、現状では在沖縄米軍を最大活用する他には存在しないことを政府は臆せず、正面から沖縄県民を含む全国民に対して率直に説明する責任があるのです。
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普天間基地の危険性除去
Q:普天間基地のように市街地にある基地は本当に必要なのでしょうか?
A:普天間基地はヘリコプターを多数運用する上に、輸送機の離発着にも活用する、飛行場の機能が不可欠な基地です。この基地が、市街地の真ん中に位置するために、墜落事故等の危険が問題視されているわけです。
一般に、軍用基地は、航空機だけではなく、砲弾その他の爆発物を取り扱うことから、出来るだけ住宅密集地からは離れていることが、理想です。普天間基地の場合、現在の危険な状態になってしまったのは、市街地が基地の周辺まで広がり接近したことが最大の要因です。
普天間基地が存在する宜野湾市は、市全体が市街化区域のため、基地が出来た当初は周辺に無かった住宅地が、現在ではフェンスの近くまで迫っているのが実情です(宜野湾市資料抜粋)。
結果としてこの状態が生起したとはいえ、住民、特に隣接する小学校の生徒の安全を最優先して、移転と跡地の日本への返還が日米で合意(1996年)したことは、極めて賢明な判断だったといえます。
普天間基地が周辺に押し寄せる住宅地の中で、その機能を維持してきた背景には、沖縄に駐留する第3海兵師団の展開移動手段には、ヘリコプターの運用が不可欠であり、また搭乗して移動する海兵連隊の近距離に配置しておく必要があったからに他なりません。
市街地の中に位置する普天間基地の移転先は、米海兵部隊の配置の中で判断されるべき問題なのであり、部隊運用で最適となる場所の判断は、部隊指揮官が詳しく把握しているのです。
1997年基地移転先として受け入れが決定していた名護市が、鳩山政権の「迷走劇」の中で、受け入れ拒否に態度を転換し、普天間基地の移転問題が宙に浮いた状態は、宜野湾市の住民の安全確保を目的とした最初の政治判断からは大きく逸脱しています。
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普天間基地移設問題の本質とは?
Q:国外移設案、嘉手納基地統合案、徳之島への一部移設、沖縄の美しい海を埋め立て海上に基地を移設する案は現実的ではなく、机上の空論と評する軍事アナリストもいます。「政治」もさまざまな立場、主義主張から文字通り百家争鳴のような状態です。こうした「政治」の過剰からは問題解決への道をより困難なものにするだけではないかと思いますが、いかがでしょうか?
A:沖縄の地政学的な重要性については、既に述べたとおりです。
「国外」に移設するとの一部提案に関しては「サイパン島」「グアム島」ともに対象とする脅威から遠過ぎることを説明しました。「県外」として「徳之島」が候補に挙がっていますが、沖縄本島から200kmも離れた飛行場からのヘリコプターの運用が、本島に駐留する海兵連隊の即応・移動に最適だとはいえません。
また、普天間基地移転問題が暗礁に乗り上げたとき、日本の政治家が、いとも簡単に部隊運用の細部に至るまで口を挟んだシビリアン・コントロール(文民統制)を穿き違えた、その態度・姿勢に強い違和感を覚えました。
戦争の終始は、国家の意思として政治が判断するものです。武器の使用に関しても、あらかじめ定めた「交戦規則 (ROE:Rule Of Engagement)」によって政治が戦闘範囲を規制します。
しかし戦場における部隊運用は「政治」から委任された部隊指揮官が義務と責任を負い、身命を賭けて果たす使命なのです。その部隊指揮官が作戦のために定める部隊の編成、配置の細部にまで「政治」が口を出すのは、ただ作戦現場に混乱をきたすだけです。
まして我が国の防衛に貢献しようとする米国海兵部隊の部隊配置に「県外」だ、「国外」だと騒ぐ非礼だけは政治家として厳に慎むべき態度なのだと自戒すべきです。
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普天間基地移転問題で日本政府の果たすべき役割とは?
Q:普天間基地移転に関する日本政府の果たすべき役割をどうお考えですか?
A:まず、移転先は、海兵隊の最適な部隊運用の観点から、沖縄本島でなければ、日米安保体制そのものが、有事に機能しないことを前提として、日本政府の沖縄に対して果たすべき役割を考えます。
沖縄が負担している米軍の基地面積が、日本全体の約73.9%を占める事実を勘案すると、この負担に対する物心両面からの支援について、国民全体で理解する必要があります。
基地以外で沖縄が抱える最大の問題は、戦後28年間の米軍統治の時代に、沖縄地場産業・企業が発展しなかったことです。このため観光収入に依存している現在の経済体質では、県民所得は上がらず、全国最下位に低迷しています。2007年度の実績で、約204万円の年間個人平均所得は、全国平均の約70%に過ぎません。
一方沖縄県がまとめた資料(2010年3月)によれば、基地の年間貸借料は普天間飛行場が、地主3,137名に対して、総額66億4,700万円、一人当たり210万円の収入になっています。仮に普天間基地の跡地が返還された場合、現在の地主に土地が戻ったとしても、現在の貸借料に見合うだけの収入が得られるか否かについては不明です。
沖縄全体では基地に土地を提供している地主は34,626名、年間貸借料の総額が783億7,500万円、一人当たりの平均収入で226万円になっています。基地の年間個人貸借料が、年間個人所得を上回っている現状は、土地を提供していない一般住民が米軍によって被る各種負担(騒音被害など)を何らかの形で補償しなければ不公平感は拭い切れないでしょう。
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具体的な解決策とその進め方とは?
Q:普天間基地の危険除去、日米地位協定の改定、そして沖縄の経済活性化を目指す具体的な振興案の一日も早い合意形成と実行が求められているのではないでしょうか?
A:まず沖縄の個人所得と全国平均個人所得の格差を軽減するため、国家の最重要課題のひとつとして、官民一体となって抜本的な地域振興策の立案を急がねばなりません。
「政治」の責任として沖縄県民との失われた信頼回復のための努力、すなわち対話を重視し、事実とデータ(数値)を正確に示すことを忘れてはいけません。
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「国防」は一部の国民負担に帰すべきものではなく、一人ひとりが自らの問題として、誠実に負担しなければ、国家としての防衛組織に綻びが生まれます。さらに日米同盟を堅持し、両国の相互協力、共通理解をより深化させるため、両国間での対話の充実も欠かせません。そうした地道な努力がなければ、有事の際に敗戦の現実となって跳ね返ってくるのだと、理解して下さい。(了)<聞き手・構成:小関達哉>
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