核兵器、非人道的兵器をめぐる現実 解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-08-07


第二次世界大戦アメリカ、ソ連という二大軍事大国を中心に進められてきた核開発競争も、東西冷戦終結後、一定の歯止めは掛かったようにも見えます。しかし一方で核開発技術の流出は止められず、核物質の闇取引市場は広がり、核拡散、テロリストへの流出という新たな脅威を生むことになりました。何世代にもわたる苦しみを与える非人道的兵器に対抗して核開発力を持たない国々では数多くの生物化学兵器も開発されています。そこで、まず今回は…、

Q:世界に広がる核保有の実態について、解説をお願いします。

A:「核兵器」問題について、まず我が国は「核武装すべきではない」との立場で解説します。

我が国は世界唯一の被爆経験国です。今から65年前、広島、長崎に投下された原子爆弾は、一瞬にして無辜(むこ:罪の無い)の一般市民約20万人以上の命を奪いました。原子爆弾核兵器)は想像を絶する破壊力と、放射能被爆の悲惨な後遺症の故に人類が生んだ「悪魔の兵器」として広島、長崎への投下以後65年間使用されませんでした。

その最大の理由は、米ソを中心とした東西冷戦下において、もし、核戦争が勃発した場合、核兵器による大量破壊が世界全体に及び、人類が滅亡するという恐怖と危険性を東西両陣営が共通認識として持っていたからです。そのために米ソ間では、核兵器管理を目的とした条約が次々と締結され、今日においても相互の戦略核の数を制限し合っています。

常識として知っておきたい核兵器と原子力 (KAWADE夢文庫)

常識として知っておきたい核兵器と原子力 (KAWADE夢文庫)

Q:当初米ソだけが保有していた「核兵器」をイギリス、フランス、中国が開発・保有するに至ります。これらの核保有国はイコール国連安保理常任理事国ですね。
核兵器と国際政治―1945‐1995

核兵器と国際政治―1945‐1995

A:そうです。では核兵器を持つメリットを考えてみましょう。

核兵器」の保持が、

  1. 軍事大国として国際社会での地位を確立できる
  2. 核攻撃に対する「抑止力」になる
  3. 外交交渉において無言の圧力(恫喝)を発揮するからに他なりません。

国連安保理と日本 (中公新書ラクレ)

国連安保理と日本 (中公新書ラクレ)

この五ヶ国の核開発の年次は次の通りです。

国 名 最初の核実験 場 所
アメリ 1945年7月 ニューメキシコ
ロシア 1949年8月 カザフスタン
イギリス 1952年10月 オーストラリア
フランス 1960年2月 アルジェリア
中 国 1964年10月 新疆地区


地球の生き残り―解説 モデル核兵器条約

地球の生き残り―解説 モデル核兵器条約

次々と核兵器保有国と核の脅威が広がり、それを懸念する国際的な世論も高まり、1968年7月1日「核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non−Proliferation Nuclear Weapons)」が成立、締約国は190ヶ国(2010年6月現在:外務省資料)に及びます。

ただ、この条約は米・露・英・仏・中の五ヶ国を「核兵器国」として定義付け(第9条3項:注参照)、この核兵器国の「不拡散義務(第1条)」に続いて、非核兵器国に対して「拡散回避義務(第二条)」を課し、「核兵器国」以外の国家が核兵器保持を禁止する内容になっています。言い換えれば、核兵器開発を早期に達成した五ヶ国の核兵器独占を宣言しているともいえます。

注:第9条3項「この条約の適用上「核兵器国」とは1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう」。

さらにこの五ヶ国が国連安保理において「拒否権」を有する常任理事国であることが、国際紛争を解決する各種安保理決議において、核兵器を背景にした自国国益を最優先させる「拒否権」のために、国連安保理そのものが機能しない事態が常に生起していることが問題です。

中国、核ミサイルの標的 (角川oneテーマ21)

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ウラニウム戦争 核開発を競った科学者たち

ウラニウム戦争 核開発を競った科学者たち

Q:NPTという条約が核兵器保有国にとって、都合の良いものになったということですね。

A:そういうことです。具体的な例を挙げると「国連憲章第七章」に規定される「国際平和を破壊する国家」に対して発動される軍事措置で、いずれかの常任理事国が「拒否」するために「国連軍」が編成されること無く、「多国籍軍」による対応しか取れないことがその典型的な事例です。こうした背景のNPT体制に対して、後発の核開発国家はNPTそのものをボイコットし、強引に核兵器保持に邁進したのです。

原子力開発の光と影―核開発者からの証言

原子力開発の光と影―核開発者からの証言

Q:国連安保理常任理事国以外の核保有の実態はどうでしょうか?
A:「核兵器国」以外の核保有国は次のとおりです。

国 名 最初の核実験 保有宣言 NPT加盟有無
インド 1974年5月 1998年5月 非加盟
パキスタン 1998年5月 1998年 非加盟
イスラエル 不明 不明 非加盟
北朝鮮 2006年10月 2006年 加盟・脱退繰り返し

なぜ核はなくならないのか―核兵器と国際関係

なぜ核はなくならないのか―核兵器と国際関係

イスラエルイスラム国家に対抗するため保有が確実視されるものの、公表しないまま曖昧な核政策をとっている。
※インド・パキスタン核兵器保有に関して国連安保理IAEAは非難したものの、両国がNPT非加盟国であったために効力は薄く、その後、2001年9月11日の米国同時多発テロが起こったため、タリバンとの対決にパキスタンの協力を必要とした米国が経済制裁を解除したことから、インド・パキスタン核兵器保有が黙認されることとなった。

平和 核開発の時代に問う

平和 核開発の時代に問う

核兵器保有していたが放棄した国家
  • 南アフリカ(6発の核爆弾を保有していたとの説あり)
    • 1980年代の核開発により核兵器保有していたが、これを廃棄し1991年NPTに加盟した。
核兵器開発疑惑があったが開発を放棄した国家
国名 放棄した経緯
リビア 1990年代からウラン濃縮開発に取り組んでいたが、2003年12月19日化学・生物・核兵器計画の放棄を発表した
イラク サダム・フセインの統治時代に核兵器開発を試みていたが、湾岸戦争に敗北したため、開発を放棄した
核兵器開発疑惑国家
  • イラン
    • 2006年に核燃料サイクル技術獲得を公表。その後北朝鮮との軍事協力を通じ、遠心分離機による濃縮ウランの獲得に務め、IAEA等の非難を無視する態度を堅持していることから核兵器製造の疑惑が残ったままになっている。
  • シリア
    • 北朝鮮との軍事協力を強める中で、核兵器開発疑惑が浮上。イスラエルが2007年9月同国の原子炉関連施設を空爆して核兵器開発疑惑が表面化した。その後、IAEA査察に対する協力が不十分のため、疑惑が残ったままになっている。

核神話の返上 [アメリカの核に頼るのか、独自に持つのか]

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核兵器保有の実態

保有の実態は次のように整理することができます。

保有 九ヶ国 米・露・英・仏・中・インド・パキスタンイスラエル北朝鮮
核開発疑惑国 二ヶ国 イラン・シリア


世界に核兵器保有する国家が9ヶ国存在するうち、露・中・北朝鮮の3ヶ国が我が国に隣接している現実こそが脅威なのです。

オバマ大統領プラハ演説と核なき世界


Q:2009年ノーベル平和賞受賞を記念してプラハで行われたオバマ米大統領核廃絶に向けたスピーチ(演説)は大変印象的なものでした。困難な道のりですが、理想を掲げ、世界に対し、核廃絶に向けた理想を唯一の被爆国である日本が世界に訴え続けなければ、実現は覚束ないように思います。もちろんそのためにはテロやその他の非人道的兵器の使用という現実ともしっかり向き合うことが必要不可欠かと思いますが。いかがですか? 
A:「核兵器」を考える時、その脅威が世界的な破壊、破滅に連結拡大するため「核攻撃を抑止」する働きかけ、あるいは「核のない世界」を実現する「理想」を切望する国際的な活動は必要不可欠だと思います。しかしオバマ大統領も演説の中で触れているように65年間使われなかったとはいえ、少しずつ保有国が増えている「現実」を正しく認識しておくことが重要です。

「究極の兵器」あるいは「悪魔の兵器」として扱われる「核兵器」に関して、日本とドイツは開発・製造する能力を持っているものの、これを放棄して「核武装」を回避してきました。特に世界で唯一の被爆体験を持つ我が国は「核武装」国家の3ヶ国に隣接しながらも「核武装を放棄した原則」を堅持して、世界から核兵器を廃絶させるメッセージを八月の広島・長崎の「原爆忌」のたびごとに発信してきたのは周知の通りです。

人類としての大きな視点に立てば「核のない世界」こそ、実現すべき「理想」なのです。しかし現実では日本は「核兵器の脅威」に直面しています。「核兵器」に関して我が国は、「理想の追求」と「現実の脅威対処」との両面に対応を迫られているという事実を正しく認識しなければなりません。そしてこの対応を誤らぬこと、それが広島・長崎の原爆犠牲者に対する慰霊につながると思っています。

ヒロシマ希望の未来―核兵器のない世界のために

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核兵器、理想と現実

Q:現在「核武装」を声高に主張する方もいます。しかしそれはすなわち日本が現在加盟しているNPTから脱退することになります。経済的にも孤立し、いまや国際金融をはじめあらゆる経済活動で相互協力、依存関係が抜き差しならないところまでグローバル化している今日の状況では、国民生活にも破綻をきたすほどの大きな影響が出ることが予想されますが。いかがでしょうか?
A:その通りです。唯一の被爆国として「核廃絶の理想に向けたイニシアチブを取る」だけでなく、資源小国で経済を貿易に依存する我が国は核武装を避けるべきなのです。

また2006年10月に北朝鮮が核実験を強行した後、我が国政府の一部で「核武装論」が取り沙汰された時、米国のライス国務長官(当時)が急遽来日し、「核の傘の実効性」を強調して「日本核武装論」を沈静化させたように、同盟国アメリカも日本の核開発を望んでいないでしょう。

NPTから日本が脱退することは同時に日米同盟の解消という事態に発展することが予想されます。当然世界中の非難が我が国に集中するでしょう。国際的に孤立し、活動拠点を世界に広げる日本企業への影響は甚大です。

また確実に予想されることは原子力発電に必要な燃料資源の確保が不可能になるということです。もちろん原油の輸入もストップし、為替相場、株価も大混乱、日本経済は破綻することも予想されます。影響は国内に止まらず、世界中でNPT脱退国が急増し「核兵器の拡散」に歯止めが掛からず、収拾不可能なほどの国際的な混乱に陥ることが懸念されます。

こうした現実を理解した上で、近隣諸国の核保有の実態、能力を分析し、核テロへの対応など現実に存在する「核兵器の脅威」にどう対処するかを喫緊の課題として議論しなければなりません。「普天間基地移設問題」で日本側の迷走によって、日米安保体制が揺らいでいる現在だからこそ「核抑止力」の在り方を真剣に討議し、日本国民の一致した考えを世界に示すべき時だといえるのです。

核兵器撤廃への道

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Q:ありがとうございます。では次回は核廃絶に向けての理想と現実、具体的な解決策についてお伺いします。
日本は原子爆弾をつくれるのか (PHP新書)

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核兵器裁判 (NHKスペシャル・セレクション)

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<第十二回:了> 聞き手・構成:小関達哉