世界の武器市場と死の商人 解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-10

「国防最前線」ではこれまで日本を取り巻く東アジアの軍事情勢と脅威の実態、さらにはその脅威の背景についてもお話を伺ってきました。

特に前回は沖縄と普天間基地移転問題を取り上げ、東アジアにおける「戦争抑止」の視点、また地政学上の視点からも、日米同盟を機軸にした日本本土と沖縄が果たす安全保障上の役割が日増しに高まっていることを明確にご指摘いただいたことが強く印象に残っています。

この1冊ですべてがわかる 普天間問題

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この問題はさまざまな立場、主義主張から議論も文字通り百家争鳴の状態ですが、現状では日米同盟を強化することが、当面、東アジアの軍事情勢に「力の空白」を生起させず、この地域の「安定と平和」に寄与することが重要だという視点も日本を含む東アジアの平和と安全保障を考えるうえで忘れてはならないことだと思います。
「普天間」交渉秘録

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さて今回は世界の平和構築への外交努力や対話の重要性が叫ばれる一方、「武力闘争」を煽り、武器の売却で富を蓄える「死の商人」の存在、そして武器売買で軍事力を増強し、国際的な影響力を高めようとする国家が多数存在する現実に焦点を当ててみたいと思います。
アメリカの巨大軍需産業 (集英社新書)

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Q:世界の武器輸出・輸入の現状について教えてください。

A:我が国が「武器輸出」「武器輸入」と呼ぶ問題は、国際的には「武器移転」と呼称して扱われます。もっとも「武器輸出三原則」を提唱している我が国の実情に応じて、ここでは「武器輸出」「武器輸入」の言葉で統一することにします。

「武器輸出」「武器輸入」の実態については、いわゆる「死の商人」が跋扈する「闇取引」に係わる分野を明らかにすることは不可能と言われます。

国際政治経済学

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しかしながら永年データを蓄積し、毎年その結果を公表しているデータSIPRI(Stockholm International Peace Research Institute :ストックホルム国際平和研究所)の統計が比較的信頼できる資料でしょう。まずSIPRI発表2010年3月現在の最新データを見てみましょう。

武器輸出上位10ヶ国

                         <輸出額単位:米ドル>

順位 国 名 輸出対象国数 5ヶ年(2005-2009)輸出総額
アメリ     81    345億3,600万米ドル
ロシア     49    272億1,600万米ドル
ドイツ     45    123億5,900万米ドル
フランス     42    92億3,400万米ドル
イギリス     31    47億6,200万米ドル
オランダ     29    42億8,800万米ドル
イタリア     53    29億8,600万米ドル
スペイン     20    29億5,800万米ドル
中 国     32    27億3,100万米ドル
10 スウェーデン     35    21億3,000万米ドル

注:
13位に永世中立国スイス。スイスは21カ国に対し輸出総額16億3,400万米ドル。
中国は32ヶ国のうち16ヶ国はアフリカ。
インドと敵対するパキスタンに5ヶ年で12億1,500万米ドルの武器輸出。

武器輸入上位10ヶ国

                         <輸入額単位:米ドル>

順位 国 名 輸入対象国数 5ヶ年(2005-2009)輸入総額
中 国     6    108億9,200万米ドル
インド    10    83億9,800万米ドル
韓 国     8    70億8,700万米ドル
アラブ首長国連邦    13    65億1,400万米ドル
ギリシャ    11    46億1,500万米ドル
イスラエル     3    39億1,200万米ドル
シンガポール     8    38億1,600万米ドル
アメリ    13    34億5,300万米ドル
アルジェリア     8    33億9,400万米ドル
10 パキスタン    11    32億9,200万米ドル

注1:29位のイランは3カ国から10億7,500万米ドル相当額の武器を輸入している。内訳はロシアが6億9,700万米ドル、中国が3億7,400万米ドルの対イラン輸出シェア保持。

注2:インドに対してはロシアが64億5,800万米ドル(77%)の武器輸出。イスラエルに対してはアメリカが38億3,900万米ドル(98%)の武器輸出。

軍備拡張、武器市場拡大の現実

Q:さまざまな国々が膨大な国家予算を費やして軍備を拡張しているということでしょうか?

A:「武器輸出」「武器輸入」の実態をデータでみると「武器輸出」に国連の安保理常任理事国五カ国が全て関わっていること、また「武器輸入」には中国、インド、韓国が多額の国家予算を注ぎ込んでいることが分かります。

SIPRIのデータで2000〜2004年の5年間と直近の5年間を比較すると、世界の軍事費は22%の伸びを示しています。

※ご参考:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)ウェブサイト http://www.sipri.org/

また「武器輸出」でアメリカ、ロシアの二大常任理事国が突出した実績をもっている事実を見れば、国連が「平和」を目指して促進しようとする「軍縮」がなかなか進展しない背景が明らかになります。

緊密化する中国とアフリカ諸国

Q:武器市場における輸出国と輸入国の関係とはどういうものですか?

A:武器の輸出は対象輸入国に対する関係を緊密にするとともに、危機の段階での「力関係」において、輸出国が優位を占めることが可能になります。アメリカは81ヶ国に、ロシアは49ヶ国に対して「武器輸出」を通じて、軍事力を管制できる立場を有しているといえます。

この視点から「武器輸入」大国の中国を精査してみますと、ロシアからの輸入に大きな変化が生まれていることが判ります。

中国のロシア離れ、その真の狙いとは何か?

過去5年間に中国がロシアから「武器輸入」した年度額(単位は米ドル)は、

2005年 2006年 2007年 2008年 2009年
32億2,400万米ドル 35億2,700万米ドル 12億4,800万米ドル 12億4,600万米ドル 4億100万米ドル

五年間で、年間輸入額が八分の一に減少しています。

不機嫌な中国 中国が世界を思いどおりに動かす日

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さらに全武器輸入総額が2005年度、35億1,100万米ドルから2009年度、5億9,500万米ドルに約六分の一に減少。中でも2009年度は2008年度の14億8,100万米ドルから三分の一まで減少しているのが極めて顕著な特徴です。

東アジア戦略概観2010

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Q:中国がロシアからの武器輸入を大きく減らしているという事実は何を意味しているのでしょうか?

A:中国はこれまで軍の近代化を図る上で、大量の武器輸入を進めてきました。しかし武器の大量輸入は同時に技術移転につながり、ついに中国は武器製造技術の修得(模造も含め)を果たし、国産化の目処をつけた可能性を示唆しています。

なぜなら、武器輸入総額が五年間で、六分の一に減少したにも拘らず、中国の国防費は不明な点が多く、一部SIPRIの推定値との但し書き付ですが、中国の国防予算はSIPRI資料で、2005年度の590億米ドルから、2009年度988億米ドルへと、約二倍に増加しているからです。

これは軍の近代化を目指した国内の武器増産に予算を注ぎ込んでいることを意味しているとみて間違いありません。

また中国が「武器輸出」において、アフリカ16ヶ国を対象に武器を売却しているという事実は、レアメタルを含む資源豊富なアフリカ諸国との関係緊密化と国家の危機管理においても影響力の保持を狙っている点で、その深謀遠慮が明確になるのです。

レアメタル資源争奪戦―ハイテク日本の生命線を守れ! (B&Tブックス)

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中国の武器輸出拡大とレアメタル資源確保がもたらす日本への影響

Q:中国が武器輸出国として存在感を増し、アフリカ諸国との関係が緊密になってきていることで、日本に与える影響も少なくないと思いますが、いかがでしょうか?

 こうした中国の「武器輸出」「武器輸入」の実態が日本に与える影響は次の二点に絞られます。

  1. 中国が国産化を含め、軍事力の強化を図っている事実が新たな脅威となる。
  2. アフリカ諸国への「武器輸出」とレアメタル資源の買い占めが日本の資源確保に大きな障壁となっている。

知らなきゃヤバイ!レアメタルが日本の生命線を握る (B&Tブックス)

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ドイツの武器輸出

Q:ドイツの武器輸出額の大きさも気になります。

A:そうですね。ドイツが「武器輸出」において世界第3位の実績を保持していることも注目されて良いでしょう。

日本は「武器輸出」に関して、「武器輸出三原則」を閣議決定し、自制しています。これは第二次世界大戦で敗戦国となり、周辺諸国に多大な迷惑を及ぼした歴史について自ら深い反省の上に立って行った武器輸出規制なのです。

しかしドイツは先の大戦において、ナチスの暴虐があったにもかかわらず、淡々と「武器輸出」を推進し、外貨を稼いでいる点が日本との違いを浮き彫りにしています。

スウェーデン、スイスの武器輸出

さらに北欧で「高福祉国家」として名を馳せているスウェーデンが「武器輸出」で外貨を稼いでいる事実や加えて永世中立国スイスも「武器輸出」に手を染めている現実が明らかになっています。

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北朝鮮の武器輸出

Q:北朝鮮の武器市場における動きはどうでしょうか?

A:日本に最も脅威を与える北朝鮮に関して、SIPRIのデータは充分ではありません。しかし北朝鮮が経済の疲弊を武器貿易で補おうと、なりふり構わず武器の密輸出に励んでいる事実を正しく認識しておく必要があります。北朝鮮のミサイル技術がイラン、パキスタン等の中東地域へ密かに流出したために、この地域の不安定要因が増大している事実を理解しておくべきです。

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ある北朝鮮兵士の告白 (新潮新書)

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日本が北朝鮮を対象として公海上での「船舶立ち入り検査」を強化する対応は、戦争要因を未然に刈り取る観点から、極めて重要だといえます。しかし武装している可能性がある北朝鮮籍の船舶に立ち入り検査を申し入れることはきわめて危険で、外交上もさまざまな困難な壁が立ちはだかっていることも現実も知っておかねばなりません。
北朝鮮・中国はどれだけ恐いか (朝日新書 36)

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こうした現実からも「核廃絶」と「通常兵器削減」が国連の場で折々に叫ばれるものの、「理想世界」とは裏腹に外貨を稼ぐ「利害」が絡む「武器輸出」の実態は理想に程遠く、紛争・戦争の要因が今もって世界に分散している現実があることを知っておく必要があります。

武器市場の大きな変化、仁義なき戦い

Q:金融危機財政赤字から国防費を大幅に削減した先進国は「武器輸出」に躍起となり、軍事力の急速な拡大でいまや武器輸出国にもなった中国も存在感を増しています。一方武器を買う余裕のある新興国産油国は「武器輸入」の恰好のターゲットになっています。武器の輸出は技術移転につながり、輸入国もいずれは輸出国として頭角を現すことになるでしょう。なぜこれほどまでに武器市場が野放し状態なのでしょうか?

A:核兵器に関しては「核不拡散条約(NPT)」があるのに対して、通常兵器に関しては「武器輸出」「武器輸入」を規制する国際条約が無かったからです。

日本は「武器輸出三原則(1967年政府方針)」があり、これを更に厳しく規定した「武器輸出に関する政府統一見解(1976年)」を、また、国会において「武器輸出問題等に関する決議(1981年)」を採択しています。つまり我が国は武器輸出が出来ない仕組みを構築しているのです。

武器輸出を自制するこの姿勢は、国内防衛産業を育成する視点では批判が多いものの、通常兵器による紛争・戦争を世界から無くそうとする国際的な動きに対し、極めて大きな発言力を持ち得る拠り所にもなるでしょう。

武器貿易条約、平和への長い道のり

Q:武器輸出三原則を掲げる日本が国連に対しさまざまな働きかけを行っていますね。

A:そうです。こうした背景を持つ日本が主体となって、6ヶ国が国連総会に提案した「武器貿易条約に向けて:通常兵器の輸入、輸出及び移譲に関する国際基準の設定について」が2006年12月6日、153ヶ国の支持を得て採択されました。

2009年10月30日には通常兵器の国際的な移譲を規制する「武器貿易条約(ATT:Arms Trade Treaty)」を成立させるための計画に、再び153ヶ国が同意して採択されました。無秩序化し拡大し続ける武器市場を規制するために国連の動きが少し加速してきていることは間違いありません。

世界はなぜ仲良くできないの?―暴力の連鎖を解くために

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Q:国連のこうした動きに採択を棄権した国々もあると聞きましたが…。

A:この採択を棄権した国には、中国、インド、イラン、リビアパキスタン、ロシア、アラブ首長国連邦が含まれ、この中には地域紛争に深く関わる国もあって、この先、条約が締結されるまでには問題が山積みしているのも事実です。

国際の軍事情勢は「国益」と「利害」が複雑に交叉するために、武器貿易の規制すら容易に実現できない状態です。

世界軍事情勢〈2010年版〉

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とはいえ国連加盟192ヶ国の約80%が支持した「武器貿易条約(ATT)」の成立に向け、日本がイニシアティブを執って、国連をリードすることを期待されているのです。そのために不断の外交努力を重ねることが世界に「平和の灯り」を掲げることになると思います。そして将来「武器貿易条約(ATT)」が成立した暁には国際平和への大きな足跡になると確信します。

現実の軍事的脅威に冷静に対応しながら、非戦、国際平和という理想に向かって邁進する努力が、同時に必要なのです。

平和をつくった世界の20人 (岩波ジュニア新書)

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キッシンジャー回復された世界平和

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<第八回:了><聞き手・構成:小関達哉>

連載「国防最前線」過去記事はこちら↓からご覧ください。