世界の武器市場と死の商人 解説:佐藤常寛(元海将補)
「国防最前線」ではこれまで日本を取り巻く東アジアの軍事情勢と脅威の実態、さらにはその脅威の背景についてもお話を伺ってきました。
特に前回は沖縄と普天間基地移転問題を取り上げ、東アジアにおける「戦争抑止」の視点、また地政学上の視点からも、日米同盟を機軸にした日本本土と沖縄が果たす安全保障上の役割が日増しに高まっていることを明確にご指摘いただいたことが強く印象に残っています。
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Q:世界の武器輸出・輸入の現状について教えてください。
A:我が国が「武器輸出」「武器輸入」と呼ぶ問題は、国際的には「武器移転」と呼称して扱われます。もっとも「武器輸出三原則」を提唱している我が国の実情に応じて、ここでは「武器輸出」「武器輸入」の言葉で統一することにします。
「武器輸出」「武器輸入」の実態については、いわゆる「死の商人」が跋扈する「闇取引」に係わる分野を明らかにすることは不可能と言われます。
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武器輸出上位10ヶ国
<輸出額単位:米ドル>
順位 国 名 輸出対象国数 5ヶ年(2005-2009)輸出総額 1 アメリカ 81 345億3,600万米ドル 2 ロシア 49 272億1,600万米ドル 3 ドイツ 45 123億5,900万米ドル 4 フランス 42 92億3,400万米ドル 5 イギリス 31 47億6,200万米ドル 6 オランダ 29 42億8,800万米ドル 7 イタリア 53 29億8,600万米ドル 8 スペイン 20 29億5,800万米ドル 9 中 国 32 27億3,100万米ドル 10 スウェーデン 35 21億3,000万米ドル 注:
13位に永世中立国スイス。スイスは21カ国に対し輸出総額16億3,400万米ドル。
中国は32ヶ国のうち16ヶ国はアフリカ。
インドと敵対するパキスタンに5ヶ年で12億1,500万米ドルの武器輸出。武器輸入上位10ヶ国
<輸入額単位:米ドル>
順位 国 名 輸入対象国数 5ヶ年(2005-2009)輸入総額 1 中 国 6 108億9,200万米ドル 2 インド 10 83億9,800万米ドル 3 韓 国 8 70億8,700万米ドル 4 アラブ首長国連邦 13 65億1,400万米ドル 5 ギリシャ 11 46億1,500万米ドル 6 イスラエル 3 39億1,200万米ドル 7 シンガポール 8 38億1,600万米ドル 8 アメリカ 13 34億5,300万米ドル 9 アルジェリア 8 33億9,400万米ドル 10 パキスタン 11 32億9,200万米ドル 注1:29位のイランは3カ国から10億7,500万米ドル相当額の武器を輸入している。内訳はロシアが6億9,700万米ドル、中国が3億7,400万米ドルの対イラン輸出シェア保持。
注2:インドに対してはロシアが64億5,800万米ドル(77%)の武器輸出。イスラエルに対してはアメリカが38億3,900万米ドル(98%)の武器輸出。
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軍備拡張、武器市場拡大の現実
Q:さまざまな国々が膨大な国家予算を費やして軍備を拡張しているということでしょうか?
A:「武器輸出」「武器輸入」の実態をデータでみると「武器輸出」に国連の安保理常任理事国五カ国が全て関わっていること、また「武器輸入」には中国、インド、韓国が多額の国家予算を注ぎ込んでいることが分かります。
SIPRIのデータで2000〜2004年の5年間と直近の5年間を比較すると、世界の軍事費は22%の伸びを示しています。
※ご参考:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)ウェブサイト http://www.sipri.org/
また「武器輸出」でアメリカ、ロシアの二大常任理事国が突出した実績をもっている事実を見れば、国連が「平和」を目指して促進しようとする「軍縮」がなかなか進展しない背景が明らかになります。
緊密化する中国とアフリカ諸国
Q:武器市場における輸出国と輸入国の関係とはどういうものですか?
A:武器の輸出は対象輸入国に対する関係を緊密にするとともに、危機の段階での「力関係」において、輸出国が優位を占めることが可能になります。アメリカは81ヶ国に、ロシアは49ヶ国に対して「武器輸出」を通じて、軍事力を管制できる立場を有しているといえます。
この視点から「武器輸入」大国の中国を精査してみますと、ロシアからの輸入に大きな変化が生まれていることが判ります。
中国のロシア離れ、その真の狙いとは何か?
過去5年間に中国がロシアから「武器輸入」した年度額(単位は米ドル)は、
2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 32億2,400万米ドル 35億2,700万米ドル 12億4,800万米ドル 12億4,600万米ドル 4億100万米ドル 五年間で、年間輸入額が八分の一に減少しています。
さらに全武器輸入総額が2005年度、35億1,100万米ドルから2009年度、5億9,500万米ドルに約六分の一に減少。中でも2009年度は2008年度の14億8,100万米ドルから三分の一まで減少しているのが極めて顕著な特徴です。
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Q:中国がロシアからの武器輸入を大きく減らしているという事実は何を意味しているのでしょうか?
A:中国はこれまで軍の近代化を図る上で、大量の武器輸入を進めてきました。しかし武器の大量輸入は同時に技術移転につながり、ついに中国は武器製造技術の修得(模造も含め)を果たし、国産化の目処をつけた可能性を示唆しています。
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これは軍の近代化を目指した国内の武器増産に予算を注ぎ込んでいることを意味しているとみて間違いありません。
また中国が「武器輸出」において、アフリカ16ヶ国を対象に武器を売却しているという事実は、レアメタルを含む資源豊富なアフリカ諸国との関係緊密化と国家の危機管理においても影響力の保持を狙っている点で、その深謀遠慮が明確になるのです。
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中国の武器輸出拡大とレアメタル資源確保がもたらす日本への影響
Q:中国が武器輸出国として存在感を増し、アフリカ諸国との関係が緊密になってきていることで、日本に与える影響も少なくないと思いますが、いかがでしょうか?
こうした中国の「武器輸出」「武器輸入」の実態が日本に与える影響は次の二点に絞られます。
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ドイツの武器輸出
Q:ドイツの武器輸出額の大きさも気になります。
A:そうですね。ドイツが「武器輸出」において世界第3位の実績を保持していることも注目されて良いでしょう。
日本は「武器輸出」に関して、「武器輸出三原則」を閣議決定し、自制しています。これは第二次世界大戦で敗戦国となり、周辺諸国に多大な迷惑を及ぼした歴史について自ら深い反省の上に立って行った武器輸出規制なのです。
しかしドイツは先の大戦において、ナチスの暴虐があったにもかかわらず、淡々と「武器輸出」を推進し、外貨を稼いでいる点が日本との違いを浮き彫りにしています。
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スウェーデン、スイスの武器輸出
さらに北欧で「高福祉国家」として名を馳せているスウェーデンが「武器輸出」で外貨を稼いでいる事実や加えて永世中立国スイスも「武器輸出」に手を染めている現実が明らかになっています。
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北朝鮮の武器輸出
Q:北朝鮮の武器市場における動きはどうでしょうか?
A:日本に最も脅威を与える北朝鮮に関して、SIPRIのデータは充分ではありません。しかし北朝鮮が経済の疲弊を武器貿易で補おうと、なりふり構わず武器の密輸出に励んでいる事実を正しく認識しておく必要があります。北朝鮮のミサイル技術がイラン、パキスタン等の中東地域へ密かに流出したために、この地域の不安定要因が増大している事実を理解しておくべきです。
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武器市場の大きな変化、仁義なき戦い
Q:金融危機と財政赤字から国防費を大幅に削減した先進国は「武器輸出」に躍起となり、軍事力の急速な拡大でいまや武器輸出国にもなった中国も存在感を増しています。一方武器を買う余裕のある新興国や産油国は「武器輸入」の恰好のターゲットになっています。武器の輸出は技術移転につながり、輸入国もいずれは輸出国として頭角を現すことになるでしょう。なぜこれほどまでに武器市場が野放し状態なのでしょうか?
A:核兵器に関しては「核不拡散条約(NPT)」があるのに対して、通常兵器に関しては「武器輸出」「武器輸入」を規制する国際条約が無かったからです。
日本は「武器輸出三原則(1967年政府方針)」があり、これを更に厳しく規定した「武器輸出に関する政府統一見解(1976年)」を、また、国会において「武器輸出問題等に関する決議(1981年)」を採択しています。つまり我が国は武器輸出が出来ない仕組みを構築しているのです。
武器輸出を自制するこの姿勢は、国内防衛産業を育成する視点では批判が多いものの、通常兵器による紛争・戦争を世界から無くそうとする国際的な動きに対し、極めて大きな発言力を持ち得る拠り所にもなるでしょう。
武器貿易条約、平和への長い道のり
Q:武器輸出三原則を掲げる日本が国連に対しさまざまな働きかけを行っていますね。
A:そうです。こうした背景を持つ日本が主体となって、6ヶ国が国連総会に提案した「武器貿易条約に向けて:通常兵器の輸入、輸出及び移譲に関する国際基準の設定について」が2006年12月6日、153ヶ国の支持を得て採択されました。
2009年10月30日には通常兵器の国際的な移譲を規制する「武器貿易条約(ATT:Arms Trade Treaty)」を成立させるための計画に、再び153ヶ国が同意して採択されました。無秩序化し拡大し続ける武器市場を規制するために国連の動きが少し加速してきていることは間違いありません。
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A:この採択を棄権した国には、中国、インド、イラン、リビア、パキスタン、ロシア、アラブ首長国連邦が含まれ、この中には地域紛争に深く関わる国もあって、この先、条約が締結されるまでには問題が山積みしているのも事実です。
国際の軍事情勢は「国益」と「利害」が複雑に交叉するために、武器貿易の規制すら容易に実現できない状態です。
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現実の軍事的脅威に冷静に対応しながら、非戦、国際平和という理想に向かって邁進する努力が、同時に必要なのです。
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