自衛隊は「軍隊」なのか? 解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-17

拡大、拡散する武器市場

前回は世界規模で軍縮が叫ばれるなか、その大きな潮流に逆行するかの如く、武器市場が年々拡大し、国連安保理常任理事国5ヶ国や新興国の武器輸出入が活発化している現状について解説していただきました。

国防最前線 いまここにある危機の本質 連載第八回

永世中立国スイスや高福祉国家として注目を浴びるスウェーデン第二次世界大戦の敗戦国ドイツをはじめ、中国も武器市場で大きな役割を果たしています。また北朝鮮の武器密輸も見逃してはならない事実です。

国際政治経済学

国際政治経済学

近隣諸国が核兵器保有し、武器製造の技術を高めていくなか、自衛隊の国防部隊としての地位、国内外の評価、そして戦後日本社会のなかで果たしてきた役割や今後の課題に関して率直に伺いたいと思います。
自衛隊はどこまで強いのか (講談社+α新書)

自衛隊はどこまで強いのか (講談社+α新書)

日本の自衛隊は昭和29年創設以来「憲法第九条」の解釈をめぐり、「専守防衛」「非核三原則」「武器輸出三原則」の政府方針など、さまざまな制約を与えられてきました。
日本国憲法 (講談社学術文庫)

日本国憲法 (講談社学術文庫)

定年まで国防の最前線で働いた自衛官として、また潜水艦長をはじめ数々の要職を務められ、さまざまな現場に立ち会われてきた佐藤さんに、自衛隊の本質と戦闘部隊としてどの程度の実力を持っているのか?など、じっくりとお話をお伺いしたいと思います。

自衛隊は「軍隊」なのか?

Q:まず、自衛隊の本質について伺います。自衛隊は「軍隊」なのでしょうか。

A:自衛隊国際法に則った「軍隊」です。自衛隊が創設された昭和29年にはすでに「日米安保条約」が発効していました。

また、戦後に制定された日本国憲法には、

「前文」:「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と明記されています。

「第九条第一項」:「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定め、

「第二項」:「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と追記されていたことは周知のとおりです。

現行「憲法」は終戦直後の被占領期に、GHQ(連合国司令部)の主導で制定されています。第二次世界大戦という未曾有の戦禍が終結し、平和を希求する風潮と、日本の軍国体制の解体目的、とが相俟って、「前文」と「九条条文」とが規定されたことは明らかです。

この「前文」と「九条」とを素直に解釈すれば、新たに設立された「国際連合(UN:United Nations 正しくは連合諸国)」の枠組みの中で、「諸国民の公正と信義に信頼して」、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」ことになります。

自衛隊創設、その歴史的経緯

Q:平和憲法と呼ばれる現在の日本国憲法制定から間もない1950年には朝鮮戦争が勃発。占領下の日本では警察予備隊が創設され、現在の自衛隊創設へとつながる歴史的経緯もあります。

現行「憲法」が施行された1947(昭和22)年当時と、自衛隊が創立された1954(昭和29)年との内外情勢を比較すれば、1948(昭和23)年4月にソ連軍がベルリンを封鎖し、1950(昭和25)年6月25日に朝鮮戦争が勃発しており、同年7月8日には、占領軍司令官マッカーサー自衛隊の前身「警察予備隊(75,000人)」を創設した経緯がありました。

「平和」の理想を求めた「日本国憲法」の制定(1947年)後、わが国を取り巻く軍事情勢は、米ソを中心とした東西冷戦の顕在化(1948年)、朝鮮戦争勃発(1950年)による警察予備隊の創設、対岸に朝鮮戦争を控えた中での独立と日米安保条約の締結(1952年)、朝鮮戦争休戦(1953年)、と目まぐるしく変化していきます。

Q:長年日本国内では自衛隊は軍隊ではない、日本周辺に危機、仮想敵国は存在しないという理屈が罷り通ってきたようにも思えます。

日本国民の間に「何のために創設するのか」との目的意識を醸成させることなく、また、GHQからのたとえ御仕着せであったとしても、「日本国憲法」との整合性を図ることなく、自衛隊を創設(1954年)したために、その後、自衛隊の置かれた地位が極めて厳しくなったのです。

本来ならば、被占領を脱却して独立を果たした1952(昭和27)年に、東アジアの軍事情勢の現実、更には、新たに生起した「東西冷戦」の脅威に対応するために、改めて自主「憲法」を制定し、その審議の過程で「国軍」保持の可否について国民の意思を確認すべきだったといえます。

自衛隊の地位と違憲論争

Q:現実には憲法改正は行われず、自衛隊についての存在意義も理念、主義主張、時に感情論にすら縛られ、国会では自衛隊違憲だという議論が続きました。

さきほど申し上げた「憲法再検討」のチャンスを無作為のまま見送ったために、政府は自衛隊創設と同時に、「憲法」と「自衛隊」との関係で、「憲法違反」を声高に主張する一部野党との間で、俗にいう「神学論争」に忙殺されてきました。

米軍違憲―「憲法上その存在を許すべからざるもの」 (本の泉社マイブックレット)

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自衛権は国の当然保有する権利である。自衛隊は外国からの侵略に対するという任務を有するが、こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊ということができる(1954年12月22日衆議院)」と明言したものの、30年を経るうちに、「自衛隊は、憲法上必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものと考える(1985年11月5日参議院)」とトーンダウンします。

その後、「通常の観念で考えられます軍隊ではありませんが、国際法上は軍隊として取り扱われておりまして、自衛官は軍隊の構成員に該当いたします(1990年10月18日衆議院)」との見解に至りました。

ポイント解説 Q&A 憲法改正手続法―憲法改正手続と統治構造改革ガイド―

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Q:大東亜戦争(太平洋戦争)の敗戦が日本国民の心の奥底まで深く傷を残し、国防や軍備に対するアレルギーを残したとしても、現実的な脅威から目をそらし、情報すら公開せずに机上の議論に終始してきたことはあまりにお粗末なような気がします。

最近になっても、2006(平成18)年11月、「自衛隊は軍隊に該当するか」との直裁な国会議員の質問状に対して、安倍晋三首相(当時)は、1985年から継承されてきた「政府見解」を踏襲して、「自衛隊は、外国による侵略に対し、わが国を防衛する任務を有するものの、憲法上自衛のための必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものと考えている」と文書で答弁しています。

こうした政府の解釈(国会答弁)を要約しますと、「自衛隊」は「憲法上の制約の中にあるため、通常観念での軍隊とは異なるものの、国際法上は軍隊として取り扱われている」との、不明瞭で奥歯にものが挟まったような位置づけになっています。

わが憲法改正案―「大切な心」を忘れた日本人

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憲法改正―読売試案2004年

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Q:たとえば海上自衛隊における水上艦は「軍艦」なのでしょうか?

A:自衛艦は、「海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)1982年12月10日」の規定を満足しているため、対外的に「軍艦」として扱われています。

「第二十九条 軍艦の定義」に規定する「軍艦」の条件は次の4項目です。

  1. 一つの国の軍隊に属する船舶
  2. 当該国の国籍を示す外部標識を掲げ
  3. 当該国の政府が正式に任命した名簿記載の士官が指揮する
  4. 正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されている

この条件に対して、自衛艦は、

  1. 日本自衛隊の船舶である
  2. 日本自衛艦を示す「自衛艦旗」を掲揚している
  3. 防衛省作成名簿記載の幹部(士官)が指揮する
  4. 訓練を受けた曹士(乗組員)が配置されている

として、4条件を全て満たすことから「軍艦」として行動します。

米軍が見た自衛隊の実力

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したがって海外を行動する自衛艦は「軍艦」が保持する「沿岸国の管轄権からの免除を受ける(条約第32条)」権利を有しています。即ち、外国港では、主権を持った国家(大使館)と同じく、受け入れ国の管轄権を排除できます。

例えば、日本人が地元の官憲に追われて艦内に逃げ込んだ場合には、これを保護し、官憲の艦内捜査を拒否できるのです。陸自、空自の部隊も、名簿記載の幹部(士官・将校)が指揮を執り、訓練を受けた正規の曹士(下士官・兵)が配置され、国籍を識別可能な部隊標識を使用することから「軍艦」と同じく、国際的な「軍隊」の要件を満たしているといえます。

陸上自衛隊の素顔

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こんなにスゴイ最強の自衛隊―アジア最強の軍隊は我が自衛隊だった!

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混迷し続けた「自衛隊」の定義

Q:「自衛隊」に対し、今もって憲法違反を叫ぶ政治家が存在します。生命の危険にさらされる過酷な任務を負っていながら、国内的には「通常の観念で考えられる軍隊とは異なるもの」として歪(いびつ)な地位に留められ、その一方国際的には「軍隊」の扱いを受けていると考えてよいということですね。

A:その通りです。こうした背景を端的に著しているものに、自衛官の独特な「階級呼称」があります。例えば、「1尉」「2尉」「3尉」の階級は、米国海軍との交流の場では、「大尉(Lieutenant)」、「中尉(Lieutenant Junior Grade)」、「少尉(Ensign)」と置き換えて英語で紹介しなければ、国際的には通じない現状です。

さらに叙勲においても、米軍の大将に対しては「旭日大綬章」が贈呈されるものの、わが国の統幕議長(現統合幕僚長)、陸・海・空各幕僚長経験者(国際的に大将)に対しては「瑞宝重光章」の贈呈に留められ、「国防」の重責を果たしてきた地位経験者としては、低い扱いになっています。

自衛隊違憲論争、問題の本質はどこにあるのか?

Q:なぜこのようなことになったのでしょうか?

A:自衛隊の地位について混乱した元凶が、被占領期にGHQから慌ただしく押し付けられた「憲法」にも拘らず、軍事情勢の変化を無視して金科玉条のように固守し、「憲法九条」の条文に関して無理な釈明と「詭弁(きべん)」を弄(ろう)し続けた政府の姿勢にあったことは、間違いありません。

しかし普天間基地移設問題を通して、国民の間に「国防の意義」を考える気運が高まり、「日本国憲法」制定から62年を経過した現在日本を取り巻く厳しい軍事情勢を勘案すれば、「憲法改正」に着手して、このような曖昧で苦しい政府答弁を不要にする新しい「憲法」を制定することが求められていると私は考えます。

憲法改正」審議を通じ、軍隊としての自衛隊の地位について国民の合意を形成することこそが、国民を真に守る、国民のための「国防力」保持になると確信します。

Q:ありがとうございます。次回は自衛隊の実力について詳しくお話を伺ってまいりたいと存じます。よろしくお願いします。<聞き手・構成:小関達哉>