沖縄と普天間基地移設問題<前編>解説:佐藤常寛(元海将補)
なぜ沖縄に基地が集中しているのか?
Q:現在外務省・防衛省の公表している直近の資料「在日米軍の施設・区域内外居住(人数・基準)」によると、米国軍人・軍属の約五万人が日本に駐留し、そのほぼ半分が日本本土に、残りの半分が沖縄に居住しています。
参考:http://www.mofa.go.jp/ICSFiles/afieldfile/2008/02/22/2.pdf
日本国内における在日米軍施設の占有面積は約310平方メートル(国土の0.08%)、琵琶湖のほぼ半分にあたります。そのうち四分の三が沖縄に集まり、在日米軍基地、在日米軍専用施設の面積は常時利用で、沖縄県面積の約10%、沖縄本島の約18%を占めています。沖縄になぜ基地が集中しているのでしょうか?
A:地政学的にみても沖縄の地理的位置が、安全保障上、極めて重要だからです。地政学=地理上の環境が国家の政治、軍事の両面に及ぼす影響に関する研究・学問の視点では、沖縄が東アジアの安定に大きな役割を担う「不可欠な地域(Vital Area)」なのです。
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一党独裁国家はなぜ「脅威」なのか?
Q:改めてお伺いします。現時点で具体的な脅威となる国をどうお考えでしょうか?
A:東アジアの政治情勢は、「自由」と「民主主義」の政治体制を選択している日本、韓国、台湾、フィリピン及び同一政治体制で価値観を共有する米国のグループと、これとは別に、一党独裁の政治体制を選択した中国、北朝鮮、ベトナムのグループとが、朝鮮半島の南北軍事境界線から台湾海峡を経て南シナ海に至る境界で、東西に分離しています。米ソを中心とした東西冷戦が終了して、ソビエト連邦が崩壊し東側に所属していた諸国は、ロシアを筆頭に、一斉に「共和制の議会制民主国家」に体制を移行しました。
そうした、世界政治の「大きなうねり」があったにも拘らず、一党独裁を堅持した中国(中国共産党)、北朝鮮(朝鮮労働党)、ベトナム(ベトナム共産党)の三ヶ国は、旧ソ連が世界に放った「共産主義政治体制」の残滓国家のようです。
この三ヶ国が単なる残滓のままであるならば、東アジアの不安定要因にはならないのですが、それぞれの国家が「国益」を追求して「国家意思」を発動し、時に武力を行使するため東アジアが不安定になってしまうのです。頻発する領海侵犯事件、南シナ海での紛争がその具体例といえるでしょう。
連載「国防最前線」過去記事はこちら↓からご覧ください。
- 第一回 韓国哨戒艦沈没事件
- 第二回 領海・領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?<前編>
- 第三回 領海・領空侵犯はなぜ頻繁に起こるのか?<後編>
- 第四回 なぜ日本に基地は必要なのか?<前編>
- 第五回 なぜ日本に基地は必要なのか?<後編>
なぜ戦争・紛争は起こるのか?
Q:これまでの連載でご指摘いただいたように国益、利権を追求して紛争が絶えないという現実は残念ながら今日でも存在します。国家間の紛争や大規模な戦闘=戦争に発展してしまうことの根本原因は何でしょうか?
A:なぜ国家が戦争を始めるかについては、クラウゼヴィッツが、その著「戦争論」の中で分析しています。オーストリアの軍人だったクラウゼヴィッツは、ナポレオン戦争(当時、最大規模で最も悲惨な戦い)に従軍した戦争体験を基に、「戦争」を哲学的に探究し、「戦争は他の手段をもってする政治の継続に他ならない」と喝破しました。
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1.北朝鮮(朝鮮労働党を個人支配する金日成・正日親子の独裁国家)が引き起こした
「朝鮮戦争(1950-53年:現在休戦中)」、大韓航空機爆破事件(1987年)
その他の韓国領内での武力行動、韓国哨戒艦への魚雷攻撃(2010年)
2.中共による「チベット併合(1951年)」、「中台間の金門島砲戦(1958年)」、
「中印紛争(1962年)」、中ソ軍事衝突(1969年)」、
「西沙諸島武力占領(1974年)」、「中越戦争(1979年)」、「南沙諸島侵攻(1992年)」
3.北ベトナム(現ベトナム)が武力で南北を統一した「ベトナム戦争(1960-73年)」などがあります。
こうして歴史を振り返ってみると、紛争や戦争と起こす根本原因のひとつに自国の国益追求のためならば、武力行使を躊躇しない「一党独裁の政治姿勢」だということを改めて指摘しておかなければなりません。
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沖縄の地政学的重要性とは何か?
Q:米軍再編の大きな流れにあって、沖縄だけでなく、日本列島本土とワンセットで「戦略的根拠地(power projection platform)」として、日本列島全体の果たす意味、役割が高まっているともいわれています。地政学的にみて重要な位置にある沖縄の役割について詳しく教えて下さい。
A:この一党独裁三ヶ国との「政治体制境界線」の中間に位置する沖縄は、政治情勢の不安定が武力行使となって波及する場合に、最初に影響が及ぶ海域を扼しているために、その果たす役割は大きいといえます。
純軍事的な視点での、沖縄の占める地理的な重要性は「那覇」を中心に描く同心円によって明らかとなります。
同心円半径(km) | 円内の主要地域・基地 | |
---|---|---|
1,000 | 台湾海峡、対馬海峡、台湾、九州、中国海軍東海艦隊基地(寧波・上海) | |
1,500 | 南北朝鮮(戦争休戦中)、米第7艦隊基地(横須賀) | |
1,500 | フィリピン首都(マニラ)、中国海軍北海艦隊基地(青島・旅順)、香港 | |
2,000 | 中国の首都(北京)、南海艦隊基地(湛江・広州) |
注:北京(中国首都)、平壌(北朝鮮首都)、中国海軍3個艦隊基地はいずれも沖縄を基点とした場合、米軍の巡航ミサイル「トマホーク(射程2,500km)」の攻撃範囲内にあります。
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国外移転は現実的な選択なのか?
Q:米軍再編により、日本にいる米国海兵隊12,400人のうち、8,000人がグアム島へ移転することが決まっていると報道されています。グアムを含めた国外移転を主張する方たちのなかには「なぜすべて移転できないのか?」とおっしゃる方もいますが、いかがお考えですか?
A:米国の「サイパン島」、「グアム島」は、いずれも沖縄から2,000km以上離れ、2,000km同心円の圏外に位置しており、両島から北京まで約4,000km、平壌まで約3,500kmの距離にあります。この距離では、両島を起点とする巡航ミサイル「トマホーク」の射程外になってしまうことを、理解しておかねばなりません。
沖縄からベトナムまで約2,500km、南シナ海の全域をカバーするには約3,000kmの距離を要します。ベトナム戦争で敗北後、インドシナ半島から撤退し、さらにフィリピンのスービック基地から撤退(1992年)した米軍は南シナ海への影響力を弱めていることは間違いありません。しかしながら、その一方で、日本と韓国に駐留する米軍は、中台間の危機、朝鮮半島の危機の両面事態に即応する態勢を堅持しています。
こうした、東アジアの「安定」に貢献する米軍の「紛争抑止」措置は、地政学的に重要な位置を占める沖縄に駐留する米第3海兵師団と、横須賀から東シナ海に展開する米第7艦隊とに、大きく依存しています。
したがって米第3海兵師団が駐留する沖縄は、東アジアの政治情勢が不安定のままの現状では、軍事面での「戦争抑止」に果たす役割が極めて高いといえます。中国本土、朝鮮半島から遠距離(3,500〜4,000km)に位置する「サイパン島」、「グアム島」では、沖縄の果たす役割を肩代わりできないことが明らかです。
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太平洋戦争時、沖縄戦の意味
Q:琉球王朝時代から外部からの侵略、侵攻を受け続けた沖縄。特に太平洋戦争時、沖縄戦の重要性とはどういうものだったのでしょうか?
A:米軍が企図した日本の本土(九州〜北海道)上陸作戦の前進基地(策源地)として、沖縄が最適地であったため、沖縄の攻防戦は日米双方にとって、戦争そのものの行方を左右する、言い換えるならば、日本の降伏時期を早めるか否かを賭けた、極めて重要な戦いでした。
当時の沖縄には、陸海軍の守備隊が防衛陣地を構築するかたわらで、本土防衛の「楯」になろうと決心した島民が大勢居たことを忘れてはなりません。1945年に入り、制海権、制空権をともに喪失した日本に対して、米軍は、2月16日に硫黄島上陸、3月9日に東京大空襲、3月20日に名古屋大空襲と、一方的な攻撃を仕掛けます。
「一億総玉砕」、「欲しがりません、勝つまでは」との断末魔の叫びに近いスローガンが、日本全土に燃え広がる中で、沖縄島民の大部分が自ら置かれた立場を理解し、陸海軍の守備隊に協力しようとしたけなげな姿勢に対して、現在「平和」を享受している本土の住民は感謝の心を失ってはならないのです。
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沖縄の苦戦を支援するために、数多くの「特攻機」が出撃したのも、虎の子として温存していた「戦艦大和」が海上特攻として出撃したのも、ただひとえに、日本防衛の最後の砦「沖縄」を失わないためだったのです。
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後編に続く。<聞き手・構成:小関達哉>