なぜ日本に基地は必要なのか?<後編>解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-06-27

日本の防衛力の課題

Q:私たちが暮らしている日本の周辺には核武装している国があり、日々軍事力を増強しています。しかも他国民を平気で拉致するような独裁国家が存在する現実を踏まえると正直なところ脅威を感じ、不安になります。率直に伺います。いまの日本の防衛力、戦力は「抑止力」として充分なのでしょうか?
A:次の二点が欠落しているために「抑止力」としても充分ではありません。

  1. 核攻撃に独力対処する手段を保持していないこと
  2. 敵の陸上基地を遠隔攻撃する手段を保持していないこと

日本の進路を問う―NHKスペシャル 21世紀日本の課題安全保障

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Q:なぜこのような不十分な防衛力になってしまったのでしょうか?

A:我が国の防衛力整備は1945年8月太平洋戦争終結から9年後自衛隊が発足した時点(1954年)に始まったと考えています。既に日米安保条約が締結されていたために、日米安保体制の枠組みの中で開始されました。

1952年4月サンフランシスコ平和条約が発効して、独立国としての主権を回復した頃の日本は経済力も弱く、自衛隊の装備は米軍貸与からスタートしています。米ソを中心とした東西冷戦下では、朝鮮戦争(1950〜53年)、中・台間の金門島紛争(1954年)、ベトナム戦争(1960〜75年)が相次いで起こり、我が国周辺の東アジアにおける軍事情勢は極めて不安定でした。

こうした中、日米安保体制の下、我が国が整備強化した防衛力は、

  1. ソ連の侵攻に備えた北海道の陸上防衛能力、
  2. 極東港湾から太平洋に展開するソ連潜水艦に対する対潜水艦戦能力、
  3. 戦時中に主要港湾・航路に敷設された機雷を処分して航路の安全を確保する掃海能力、
  4. それに加え領空の警戒と防空能力だったのです。

日米安保で本当に日本を守れるか―新しい同盟は可能か

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Q:この防衛力整備計画はどのようなプロセスで決定されたのでしょうか?

A:防衛力整備は「国防の基本方針(昭和32年(1957年)5月20日閣議決定)」に従った、防衛力を保持するため「防衛計画の大綱」を策定して、我が国が保持する防衛戦力の質(能力)と量(数)の枠を決め、その枠を完成させるため「中期防衛力整備計画」を定めて、限られた予算の中で計画的に実施されます。

「防衛計画の大綱」は昭和51年(1976年)10月、昭和52年度以降を対象に初めて策定され、その後東西冷戦が終了して国際情勢が大きく変化する中、平成7年(1995年)11月、約20年振りに平成8年度以降を対象として見直し策定されました。この平成8年度以降に係る「防衛計画の大綱」では防衛の基本方針に「専守防衛」と「非核三原則」とが明記されたのです。

専守防衛──日本を支配する幻想 (祥伝社新書 195)

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専守防衛

Q:「専守防衛」という言葉の定義に執着し、それが足枷になってこのような事態を招いたのではありませんか?

専守防衛」の考えは昭和45年(1970年)の第1回防衛白書「日本の防衛」に初めて発表され、その後この考えが国会審議の場で厳密・微細にわたる机上の空論を加速させ、防衛力整備を阻害する結果を招いたといえます。

例えば、F−4戦闘機導入時の「爆撃装置の取り外し」(昭和47年)、F−15戦闘機導入時の空中給油装置の使用凍結措置(昭和53年)に顕著に表れています。

自国防衛に万全を期すためには最高状態の兵器を保持しなければ目的が達成出来ないのだとの視点が完全に欠落したままになっています。その後遺症が今日まで「遠隔攻撃力」を保持しない、軍事常識からは外れた防衛力整備という結果を招いたといっても過言ではありません。
専守防衛」の基本理念は不安定な東アジアにおいて、周辺諸国の無用な警戒を緩和するには役立つものの、一方的な侵略行為に対しては、その喉(のど)元を直撃する「遠隔攻撃力」を保持しておくことが不可欠です。「最悪の事態にはその攻撃力を使用するぞ」との決意が相手に攻撃「意図」を放棄させ「抑止」効果を発揮するのです。
米国がまだ13州だった、独立して間もない頃、国旗の下辺にガラガラ蛇を描き「Don't tread on me !(踏みつけるな!)」との言葉を記して使用した州がありました。小さな国家だった米国が仮に攻撃されたら、必ず反撃するとの意志表示だったのです。この13州時代のシンボルともいうべき国旗は、独立200周年記念の際、米国艦艇の艦首に一斉に掲揚されました。
敵の主要基地に対する反撃能力を保持した上で「専守防衛」に徹することと、その能力を自ら放棄して「専守防衛」を声高に周辺諸国に宣言することとは、全くもって似て非なるものだと理解しなければなりません。

非核三原則

Q:「非核三原則」についてはどうお考えですか?  
A:「非核三原則」は沖縄返還の前年、昭和46年(1971年)11月に衆議院で決議されました。世界で唯一の被爆国である我が国は「持たず」「作らず」の二原則については世界に向けて発信し続け、世界の非核化に向けたあらゆる努力を続けるべきです。

新版 1945年8月6日―ヒロシマは語りつづける (岩波ジュニア新書)

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しかしながら現実に我が国周辺を冷静に見ると、中国、北朝鮮の核ミサイルの脅威に晒されているのも事実です。1980年代末、NATO北大西洋条約機構)がソ連のINF(Intermediate−range Nuclear Forces:中距離核兵力)を撤廃させるために、敢えて米国のINF (パーシング−II)を配備させ、その結果INF全廃条約を勝ち取っています。

米国の「核の傘」に依存している以上「持ち込み」だけは容認して、中国、北朝鮮核兵器に対する「抑止力」を高める必要があります。少なくとも「非核三原則」を国会決議した当時とは、北朝鮮核兵器を保持し東アジアの情勢が大きく変化した現実を直視しなければなりません。

日本の戦争と平和

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「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」策定の先送り

Q:そのような国際情勢の変化に対し、現在の防衛計画に充分な対抗策は盛り込まれているのでしょうか?

A:現在の「防衛計画の大綱」は平成17年度以降に係るものとして、平成16年(2004年)12月10日に閣議決定され、同日「中期防衛力整備計画(平成17年度〜21年度)」が同じく閣議決定されています。本来ならば平成21年度(2009年)に見直して、平成22年度以降に係る「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画(平成22年度〜26年度)」を策定しておくべきだったのです。しかし今日まで見直し策定されないままになっています。

軍事を知らずして平和を語るな

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Q:防衛計画という国の重要な基本方針、計画策定の現場でありえないこと、あってはならないことが起こっているということですね。民間企業にあてはめると、事業計画を公表しない上場企業のようなものです。しかしそれは現実に許されるものではありません。社会的責任を果たしている企業と見なされず、株式市場から退場させられるでしょう。

A:おっしゃる通りです。2009年夏に行われた衆議院議員選挙で政権交代が実現し、民主党を中心にした三党連立内閣が誕生しました。しかし鳩山由紀夫内閣の混迷によって、より事態が悪化するという不幸な結果をもたらした「普天間基地移設問題」が解決されないまま、防衛計画の策定が1年先送りされてしまったのです。これは、自衛隊をシビリアン・コントロール文民統制)する立場にある政府の怠慢であり、国防を軽視する国会議員の不作為罪だといえます。こうした経緯の中で、核兵力への対抗策と、敵主要基地への遠隔攻撃力が欠落した防衛力のまま放置されている現実を理解して下さい。

日本に足りない軍事力 (青春新書INTELLIGENCE)

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日米同盟を機軸とした集団安全保障体制の重要性

オバマ語録

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Q:米国の力を借りなければ、自分たちの国を守れない現実があるということですね。

A:その通りです。

1954年自衛隊が発足した時、日米安保条約が発効していたことは既に述べた通りです。日米安保条約昭和35年(1960年)に改定され、今年でちょうど50年になります。

この間米軍の圧倒的な「核戦力」と「空母打撃力」の陰で、特に米海軍から要請された対潜水艦戦能力と我が国周辺の主要港湾・航路の掃海能力の防衛力整備に、さらに領空防衛力整備に限られた予算(GNPの1%以下)を注ぎ込むだけで、経済発展に邁進し、世界に冠たる経済大国の仲間入りを果たしたことは歴史の示す通りです。

Q:米軍再編も検討されている現状で、こうした我が国の防衛力、国防計画に不安を覚える国民も少なくないと思います。今後いまここにある危機に対し、どう対処すべきなのでしょうか?

A:自衛隊が自らの核抑止力と遠隔渡航攻撃力を保持していない現実も既に述べました。

しかし被爆国日本がいまから核開発を開始して、核戦力保持が可能でしょうか?

答えは「NO」です。
核兵器開発に掛かる膨大な予算を核爆弾の悲劇を体験している日本国民が承認しないからです。

それでは「遠隔渡航攻撃力」の保持は可能でしょうか?

巡航ミサイル「トマホーク」の装備、空中給油による飛行距離の増大と爆撃能力の付加をすれば、何とかなるのかもしれません。ただし、米軍からの詳細な情報提供なしには実戦使用すら出来ないのが実情なのです。

こうした問題の解決のために貴重な時間を浪費している間に、韓国の哨戒艦が突然攻撃されて沈没したように、我が国を取り巻く軍事情勢は極めて流動的です。

いまここにある現実の中で我が国が執るべき最良の策は

  1. 50年間培ってきた日米安保体制の信頼関係をさらに強固にすること
  2. 米軍の「核の傘」による核抑止力を継続させること
  3. そして米第7艦隊の空母打撃力と第3海兵師団の上陸・戦闘力が有事の際に全能発揮されるよう日米両軍の作戦環境を整備しておくことに尽きるのです。 

一方戦後65年という長きにわたり「平和」と物質的な豊かさを享受し、効率や便利さをひたすら追求し、拝金主義も横行する日本社会の中で日本国民が決定的に失ってしまったもの、それはどうやら「国を守る心」のようです。国家は、国民自らが守る。この国際的にはごく当たり前の常識が薄弱な状態、それが現在の日本なのかもしれません。

国防

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日本を愛すればこそ、警鐘を鳴らす―論戦2010

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国を守る心とは?

Q:真摯に「国防」を考え、「抑止力」に必要な軍事力の整備を語っても、安易に「軍国主義」だとか「右傾化」だとレッテルを貼られ、非難されるという「思考停止」時代が長く続きました。
しかし、ひたすら平和を祈り、理念や理想を掲げる机上の議論だけで国家・国民の安全が本当に保障されるのか?と不安にもなります。しかもけっして充分とはいえない外交努力では拉致被害者に関する情報すら満足に得られない状況が長く続いています。
日本の戦後教育では「国防」を考えることも、教えることもタブーであり、地政学を教える大学もほとんどないまま研究者も日陰に追いやられてきました。国防の最前線に立ち続けた元自衛隊の幹部である佐藤さんをはじめ、多くの皆さんにこうして冷静に貴重な経験に基づく知見を伺い、時代状況を分析していただくことの大切さをいまひしひしと感じています。

A:恐縮です。私は日本の安易な右傾化やステレオタイプ軍国主義復活を唱えているつもりなど毛頭ありません。国防の最前線に立つ経験を重ねたからこそ、心から平和と安全を希求して止まないのです。
しかし現実を直視すれば、中国の国防費が年々伸び続け(1998年からの10年間で約60倍)、中国海軍の艦船が我が国周辺を堂々と徘徊しては領海侵犯を繰り返しています。
ロシアをはじめとして、日本の領空を侵犯する事件も2009年は新聞報道でも明らかなように299件と頻発しています。また北朝鮮拉致被害者を返すこと無く、核実験とミサイル開発を継続しています。
この不安定な近隣の脅威の中にあって「防衛計画の大綱」を見直すことも無く、「中期防衛力整備計画」が無いままの1年を過ごすことに何の疑問も、不安すら抱かない現実が一番恐ろしい状況なのだといわざるを得ないのです。 
こうした現状だからこそ、「国を守る心」を国民一人ひとりが再認識し、しっかりと考えなければならない大切な時期だと理解して下さい。
Q:ありがとうございます。次週は「普天間基地移設問題」の核心についてお話を伺います。よろしくお願いします。(聞き手・構成:小関達哉)

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