山下輝男理事(元陸将)紹介
【理事略歴】
山下輝男(やました てるお)
元陸上自衛隊(陸将)。北は旭川から南は沖縄で勤務。
この間中隊長(函館)、連隊長(倶知安)、方面総監部防衛部長(伊丹)、
師団司令部幕僚長(旭川)、副師団長(練馬)を歴任。
平成12年陸自富士学校勤務(副校長)、平成13年第五師団長(最後の第五師団長)、
平成16年3月29日の師団の旅団化改編と同時に退官。
平成16年4月1日から第一生命相互会社において防衛庁総括顧問に就任。
ほかに埼玉県国民保護協力会副理事長。NPO平和と安全ネットワーク理事。
日本戦略研究フォーラム政策提言委員。BCR対策推進機構特別顧問。
チャンネルNippon連載「山下塾」はこちら↓からご覧下さい。
山下塾では平成21年度は喫緊の課題である「防災と国民保護」を、
本年度は安全保障論を取り上げています。危機管理ライブラリー「阪神・淡路大震災救難」はこちらからご覧下さい
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:私の陸上自衛官としての最終職務は、第5師団長です。第5師団は我が国防衛の第一線である北部方面隊の主要部隊として、東北海道(道東)地区の防衛・警備の任務を有しています。また道東地区とはいまなお帰らざる北方領土を目睫に控えた網走・釧路・十勝・根室のことを指します。
Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:陸上自衛官のほとんどは、約半年の幹部候補生学校の課程を修了して、それぞれの部隊に配属され、まず小隊長を拝命します。私の場合は、山形県東根市にある第6師団第20普通科連隊第3中隊に配属され、普通科中隊の小銃小隊長として、自衛官勤務の第一歩を踏み出しました。小銃小隊は編制上は約40名の小銃や機関銃を装備する3個班からなる部隊で、小隊長は2尉または3尉です。Q:最も長く経験された任務を教えてください。
A:自衛官としてある時は指揮官又は幕僚、あるいは教官等として勤務することになりますが、単一の職務としても最も長かった職務は、倶知安にありました第29普通科連隊長兼ねて倶知安駐屯地司令です。丁度3年間の勤務でありました。連隊長兼ねて駐屯地司令は、いわば「一国一城の主」的存在であり、自衛隊、部隊はかくあるべしとの己の思いの丈を注入した極めて充実した任務であり、期間でありました。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:私の主要経歴は下の図をご覧ください。
勤務地で大きな災害に遭遇することが多く、「お前は東京に帰ってくるな」と先輩・同期に散々冷やかされたものです。
なかでも最も強い印象が残っているのは平成7年1月17日に起きた阪神淡路大震災に伴う災害派遣であります。
当時私は東海・北陸から中国・四国までを管轄する陸上自衛隊中部方面総監部の災害対処の主務幕僚である防衛部長として勤務していました。
退官後は、これらの経験を踏まえて、危機管理、防災及び国民保護に関わる活動を行っています。
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山田道雄理事(元海将)紹介
【理事略歴】
山田道雄(やまだ みちお)
1945年愛媛県生まれ。
1985年護衛艦やまぐも艦長。
2001年退官。退官後は三菱電機(株)電子システム事業本部顧問、
NPO法人救助犬訓練士協会事務局顧問、国内渉外担当。
NPO法人平和と安全ネットワーク設立とともに同理事を務める。
動画で見るインタビュー「活躍する自衛隊OB」
救助犬訓練士協会国内渉外担当山田道雄氏はこちら↓
http://www.jpsn.org/move/m018.asx (チャンネルNippon)
山田道雄理事(元海将)インタビュー
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:海上自衛隊に35年間勤務しまして、最後は広島県呉市に本部がある呉地方隊の指揮官、呉地方総監(海将)でした。
海自には北から大湊、横須賀、舞鶴、呉、佐世保の5つの警備区があり、本部(総監部)のある地名をとって〇〇警備区と呼称しています。旧海軍では総監部を鎮守府と呼び総監を鎮守府司令長官(海軍中将)と呼んでいました。沿岸の警備と艦艇部隊に対する修理、補給等の後方支援が主な任務です。
Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:昭和44年、最初の任地も呉で、先代の護衛艦たかなみ(1,700トン)の砲術士兼第1分隊士兼甲板士官でした。
砲術士は砲術長の下で3インチ速射砲の対空・水上射撃の訓練や整備を担当します。
分隊士は乗員の服務指導、人事を担当、甲板士官は艦内の規律・風紀・整理整頓など何でも担当し、ふつう最も若手の幹部が指名されます。
その年「たかなみ」は練習艦隊に編入され遠洋航海に参加しましたので、その5ヶ月間は専ら1期下のクラスの実習幹部の指導が主な任務でした。遠航のコースは南西・東南アジア・オセアニアでしたが台湾に寄港したのはこの年が最後になりました。
Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。
A:1等海尉から3等海佐にかけて横須賀に新編されたプログラム業務隊という部隊に約3年間勤務しました。ちょうど海上自衛隊の近代化、デジタル化の夜明けの時代で、指揮統制システムや艦上戦闘指揮システムにコンピューターの導入を推進した時期でした。先行している米海軍のシステムを導入し勉強する事が第一で、私自身も「しらね」に導入するシステムやデータリンクの要員として約半年米留しました。30過ぎてコンピューターの「いろは」からというハードな勤務でしたが、充実した日々でした。
この部隊は海自の近代化、システム化という任務をとりあえず終了し、約30年で発展的に解消されました。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:80年代中期、東西冷戦たけなわの頃、護衛艦やまぐもの艦長として単艦ソビエト海軍のノボロシスク・バトルグループを監視・追従した任務が最も印象的です。
当時米海軍の好敵手であったソ連の新鋭空母「ノボロシスク」など約10隻の艦隊が初めてウラジオストクから対馬海峡を南下し、南西諸島を横切って太平洋に進出してきたのです。当時の新聞は「熊は泳ぎを覚えたのか?」のセンセーショナルに書きました。
その6年後にソビエト連邦は崩壊しました。よく「海上自衛隊は実戦の経験がない」と指摘されますが、確かにあの時代我々は米海軍と共に冷戦を戦い、立派に勝利したのだと思います。
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岡本智博理事(元空将・統合幕僚会議事務局長)
【理事略歴】
岡本 智博 1943年東京生まれ。
都立日比谷高校を経て防衛大学校卒業(第11期生)。
1967年航空自衛隊に入隊。
1977年に幹部学校指揮幕僚課程を終了後、
航空幕僚監部、航空総隊司令部等を経て、1981年防衛白書執筆担当。
1986年から3年間在ソ連邦防衛駐在官として勤務。
1993年空将補、1997年空将に昇任。
航空開発実験集団司令官、統合幕僚会議事務局長を経て
2001年に航空自衛隊を退官。
NEC顧問を経て、現在「ユーラシア21研究所」軍事問題主任研究員。
最近の著書として「自衛隊の現場から見る日本の安全保障」(共著、自由国民社)
「イラク戦争」(共著、芙蓉社)等、その他論文や記者クラブ、自衛隊父兄会等での講演実施。
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チャンネルNipponでの連載「ジェネラル・オカモトの小部屋」はこちらからご覧ください。
チャンネルNippon「談論風発」岡本理事執筆の記事はこちらからご覧ください。
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:最終履歴は統合幕僚会議事務局長です。その役割は、統合幕僚監部の前身である『統合幕僚会議事務局』の幕僚長として統合幕僚会議議長を補佐し、陸・海・空幕僚監部を統合的に調整することを任務としていました。現在の『統合幕僚監部』では統合幕僚副長という職名となっています。
Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:高射運用幹部として第3高射隊に所属し、ナイキ・ミサイルの運用に当たっていました。
Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。
A:旧ソ連駐留武官(防衛駐在官)として勤務したことから、その前後から『情報』職の任務配置が多くなりました。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:オデッサでGRUのメンバー(1個小隊規模)に遭遇し、尋問を受け、その後大使館に帰還したことです。
大きな地図で見る
Q:これまで読んだ本で、推薦したい本をご紹介ください。
A:以下に列挙します。
書 名 著者/訳者 出版元 戦争の世界史 W・マクニール著/高橋均訳 刀水書房 戦略の歴史 ジョン・キーガン著/遠藤利国訳 心交社 軍事革命とRMAの戦略史 マクレガー・ノックス/ウイリアムソン・マーレー著 今村伸哉訳 芙蓉書房出版 兵器と技術の世界史 金子常則著 原書房 西欧近世軍事思想史 上田修一郎著 甲陽書房 長篠合戦の世界史 ジェフリー・パーカー著/大久保圭子訳 同文館 兵学入門―兵学研究序説― 西浦進著 田中書店 戦争の哲学―近代戦争沿革史の研究― 本郷健著 原書房 失敗の本質 日本軍の組織論的研究 戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀等 ダイヤモンド社 大戦略入門 現代アメリカの戦略構想 ジョン・コリンズ著/佐藤孝之助訳 原書房 統帥綱領 大橋武夫解説 建帛社 戦争を考える クラウゼヴィッツと現代の戦略 レイモン・アロン著佐藤毅夫・中村五雄訳 政治広報センター The Oxford Illustrated History of MODERN WAR Oxford University Oxford Greece and Rome at War Peter Connolly Greenhill Books 一軍人の思想 ハンス・フォン・ゼークト著/篠田英雄訳 岩波新書 戦争と権力 国家・軍事紛争と国際システム ポール・ハースト著/佐々木寛訳 岩波書店
- 作者: ウィリアム・H.マクニール,William H. McNeil,高橋均
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軍事革命とRMAの戦略史―軍事革命の史的変遷1300~2050年
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- 作者: 上田修一郎
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長篠合戦の世界史―ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年
- 作者: ジェフリパーカー,大久保桂子
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山村洋行事務局長紹介
山村洋行事務局長インタビュー
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:私は平成15年1月、海上自衛隊を定年(56歳)で退官しました。最終の役職は、広島県呉市を母港とする第1輸送隊という部隊の初代指揮官(第1輸送隊司令といいます)で、階級は1等海佐(昔ならば海軍大佐)少将の一つ手前の階級です。
第1輸送隊は、輸送艦で編成されており、有事は主として陸上自衛隊の部隊を離島の防衛とかのために輸送する任務を持っています。当時は「おおすみ」「しもきた」の2隻、現在はこれに「くにさき」が加わり輸送艦3隻で編成されていました。
平時は国際貢献や災害派遣、あるいは有事に備えた訓練などをやっており、私が指揮官の時は東チモールPKOの一環として陸上自衛隊の部隊、車両などを日本から東チモールに輸送しました。
大きな地図で見るQ:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:海上自衛隊には艦艇勤務、潜水艦勤務、航空勤務などいろいろな勤務がありますが、私は艦艇勤務でした。最初の任務は昭和45年、当時最新の護衛艦であった「ちくご」という艦の通信士でした。(この艦はもうこの世にありません)
通信士というのは、電報で上級の指揮官などに報告を行う際の電報の起案などを行う他、艦が航海するに当たっての航路作成などの準備をおこなう航海士としての仕事もありました。
Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。
A:私たちは通常は長くても2年で次の勤務に就くのが通例でした。50歳の折、新しく建造される艦ー先にお話しした輸送艦「おおすみ」の初代艦長を務める機会がありました。
初代艦長は艦が造船所で進水するその時から建造に関わっていくのですが、これを「ぎ装員長」と呼んでいます。「ぎ装員」のトップということで艦の細かい造りつけなどを造船所の人たちと調整し、使い勝手の良い艦を造るといったところでしょうか。「ぎ装員長」は初代艦長になりますので、私は「ぎ装員長」を1年4ヶ月、初代艦長として1年間勤務なので、合計2年4ヶ月という長期間になりました。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:先に東チモールPKOにおいて陸上自衛隊の部隊を東チモールに輸送した、とお話ししました。この際は輸送艦「おおすみ」とその護衛として護衛艦「みねゆき」を率いて任務に当たりました。
現地では車両を「おおすみ」搭載のLCAC(Landing Craft Air Cussion)で輸送しました。LCACとはホバークラフトのことです。別府と大分空港間を結ぶホバークラフトがありますが、その軍事用と理解してください。
LCAC(エルキャック)を海外で使うのはこれが初めてで、任務開始直後にLCAC2隻のうち1隻が故障するなど緊張の連続した任務でした。
しかしながら、部下の果敢な努力により任務は完遂することができました。指揮官冥利につきる任務で、退官してからも当時の部下と飲みかわしています。いい部下と出会い、いい仕事に巡り合ったと思っています。細かいことはチャンネルNipponの東チモール回顧録をご覧ください。
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[rakuten:book:10852090:detail][rakuten:book:12922374:detail]
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佐藤常寛氏(海上自衛隊元海将補)インタビュー
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:海上自衛隊幹部学校(旧海軍の海軍大学校に相当)の研究部長を最後に退官しました。
幹部学校研究部は海上自衛隊の戦略、戦術を中長期的な視点で研究し、海上幕僚監部が策定する防衛政策や自衛 艦隊が実践する部隊運用にその研究成果を反映するとともに、併せて、海上防衛に活用するための国際法、国内法、戦史等を幅広く研究する部であり、この企画、計画、実施を統括していました。
Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:3等海尉に任官して練習艦隊の実習航海終了後、護衛艦の水雷士兼甲板士官の任務に配置されました。
水雷士は水雷長の下で、対潜水艦武器(魚雷、アスロック、ボフォース)を所掌し、甲板士官は副長の下で、艦内の風紀全般を取り締まる役職でした。特に甲板士官は最も若い幹部が指定され、「総員起こし(起床)」から「巡検(一日の締めくくりとして艦内清掃・整理整頓状況の巡視)」まで一日中、艦内をくまなく見て回る勤務です。
体力的には厳しい面があるものの乗員と身近に接する機会が多く、これが貴重な経験となってその後の勤務に大変役立ちました。
注:アスロックは米国製。短魚雷を装着したロケットを8連装ランチャーから発射。着水後はホーミング魚雷。
ボフォースはスウェーデン製。4連装の対潜ロケット発射装置。着水後は爆雷。
Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。
A:職域は潜水艦幹部でしたので、潜水艦の勤務が合算すると一番長い任務となります。
ただ、海上自衛官の幹部は転勤が多く、同じ艦にも精々2年勤務できればいいところでしたね。その2年間でも、艦内で配置が替わる為に、艦隊勤務では長い任務を経験できませんでした。長い任務としては陸上勤務の時で、在ノルウェー王国防衛駐在官が3年間、舞鶴地方総監部の管理部長が2年3ヶ月でした。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:潜水艦幹部課程の教育を終了して最初に乗り組みを指定されたのは、涙滴型一番艦の「うずしお」でした。
艦橋の横に翼のように潜舵(潜航用の舵)を装備している潜水艦は珍しく、対潜水艦訓練では各部隊から引っ張りだこの状況で母港に停泊する機会が少ない、文字通り忙しい艦でしたがある時、30日間「無寄港・無補給」の行動命令を受けて出港しました。「うずしお」は船体を高張力鋼(ステンレス)で建造、船体各部の装置も品質管理に最大の注意を払った潜水艦で、この行動命令の背後には、それまでの潜水艦が果たせなかった長期行動を完遂できるものと、大きな期待が掛けられていたのです。
長期行動が終盤に差し掛かったある日、訓練が終了して浮上した「うずしお」に護衛艦から内火艇(連絡用ボート)が近づき、トロ箱の「サンマ」を指揮官からの「陣中見舞い」として届けてくれたのでした。生鮮食品に飢えていた潜水艦乗員は小躍りして喜んだものの、艦長の「待て」の一言で沈思黙考。
実はこの「サンマ」を受け取ると「無補給」の命令違反になるとの危惧が皆の頭を過ぎったのです。「サンマ」のトロ箱を甲板に上げるべきか否か、しばしの沈黙を破ったのは、副長の「洋上で拾ったものなら補給じゃないよな」の呟き。
かくして、トロ箱にロープを結び海面に捨ててくれた「内火艇」に、艦長以下万感の思いをこめて「帽振れ(海軍からの伝統。帽子を振って別れを惜しむ挨拶)」。その夜は、「サンマ」の煙が艦内を満たした次第。「うずしお」は海上自衛隊創設以来初めての、潜水艦による30日間「無寄港・無補給」行動を達成。
それ以後、潜水艦の建造技術の向上、特に金属材料はじめ、各部装置製造での品質管理が徹底されたことによって、潜水艦の長期行動は当たり前になり、海中での「海の守り」が強化できたのです。
潜水艦の長期行動を可能にした背景には、我が国の工業界における品質管理による技術向上が深く関わっている事実を認識しておきたいものです。
略歴:佐藤 常寛(さとう つねひろ)1944(昭和19)年長崎県佐世保生まれ。防衛大学校(第12期)出身。潜水艦艦長、在ノルウェー王国防衛駐在官、舞鶴地方総監部管理部長、下関基地隊司令、幹部学校研究部長などを歴任。1999(平成11)年12月退官。元海将補。
不肖・宮嶋の海上自衛隊ソマリア沖奮闘記 (家族で読めるfamily book series―たちまちわかる最新時事解説)
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第一回:韓国哨戒艦沈没事件 解説:佐藤常寛(元海将補)
特集チャンネルNippon連載企画第一弾として、
国防の最前線に立ち続けてきた元自衛官の方々に
お話をうかがうインタビュー企画をお届けします。
日本が直面する「いまここにある危機の本質」とは何か?
第一回は韓国哨戒艦沈没事件を取り上げます。
Q:韓国の哨戒艦撃沈事件によって朝鮮半島の緊張が急速に高まっています。東アジアの平和と安全を揺るがす大きな事件だと思いますが、国防の最前線を経験された海上自衛隊元自衛官として、どのように今回の事件をみておられますか?
A:今回の事件は残念ながら起こるべくして起こった北朝鮮の暴挙だといえます。
なぜかといえば
が背景にあったと考えられるからです。
朝鮮戦争は1950年6月25日、北朝鮮の一方的な武力侵攻で始まったわけですが、この主因は第二次世界大戦が終了し、朝鮮半島に駐留していた米軍が撤退したため、韓国に軍事力の空白が生じたこと、更に世界共産化を目指していたソ連がこの軍事空白の間隙を突き金日成を武力支援して韓国に侵攻させたことによって戦禍が拡大しました。
米国は米ソの影響力が及ぶ地域に軍事力の空白が生じればどのような結果になるか、この突然の武力攻撃で知ることになりました。これが米ソを中心とした東西対立が本格的な代理戦争に発展した始めでもありました。
当時日本は連合軍の占領下にあったために、国内の各基地から米軍はじめ連合軍が毎日出撃していたわけです。
戦争開始のわずか9ヶ月前(1949年10月1日)に成立したばかりの中華人民共和国は、奇襲攻撃で優勢だった北朝鮮軍が国連軍の介入で劣勢になると、同じ共産主義国家の立場で義勇軍を朝鮮半島に派遣します。
こうして米国に象徴される自由主義陣営の国連軍と中共・北朝鮮の共産陣営連合軍との戦いが泥沼化した結果、1953年7月27日に休戦し、北緯38度線付近の軍事境界線(停戦した時点で両軍が対峙していた戦線)で南北朝鮮は分断されたまま今日に至ったのです。
その後休戦状態であるがために、北朝鮮からの挑発行為あるいは小規模な武力攻撃が後を絶たない状況です。
Q:なぜ北朝鮮はこのような挑発を繰り返すのでしょうか?
A:金親子二代の独裁体制を通して、金正日は父親が果たせなかった朝鮮半島の武力統一を達成したいからに他なりません。現在でも「先軍政策」を固持していることからも、それは明らかです。
更に、核開発に固執しているのは、過去に、中共が核兵器製造に成功した途端、米国のニクソン大統領が毛沢東と直接交渉して米中国交を樹立(1972年)、それまでの中華民国(台湾)との国交を断絶したばかりでなく、中共を中華民国に替わって国連常任理事国入りさせた事実があるからです。
軍を最優遇して核兵器を保有し、更に、その運搬手段であるミサイル「ノドン」「テポドン」までも保有するに至った北朝鮮の政治体制は、労働党の一党支配を基盤とした金正日の個人独裁です。
他方、韓国は自由選挙による大統領制の議会制民主主義を基に経済発展の著しい「自由と人権」が保障された政治体制なのであって、到底、両国の政治体制は相容れることの出来ない状況にあります。
政治体制の根本で相容れることの出来ない両国において、たまたま韓国側が大統領の資質により一方的に北朝鮮に対して秋波を送り、あるいは、経済支援を強化したとしても、長期に君臨を続ける独裁者に翻弄されるだけといわざるを得ません。
したがって南北朝鮮間で、戦争は休戦状態であり、政治体制で妥協の余地がない状況下では、いつ北朝鮮が武力を行使してもおかしくない状態でした。
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Q:こうした朝鮮半島の不安定な状況に、我が国は外交努力を含め、どう対処すべきでしょうか。
A:今回の韓国哨戒艦の沈没は、北朝鮮潜水艦からの魚雷攻撃によるものだと、ほぼ断定(2010年5月20日米韓両国発表)しました。
平時に日本領域内から主権を侵害して、日本人を拉致する北朝鮮は、我が国の艦艇に対しても何を仕掛けるか判りません。日本海、対馬海峡周辺を行動する海上自衛隊の艦艇、特に潜水艦は不測の事態に備えて行動する必要があります。
韓国哨戒艦が沈没した海域は水深が浅く、結果として、北朝鮮魚雷の物証が得られたことで北朝鮮潜水艦(艇)の攻撃が明らかになりましたが、水深が深い日本海では海上自衛隊の潜水艦が攻撃され消息を絶ち、その原因が不明のままになる恐れがあります。
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北朝鮮が核ミサイル攻撃力を誇示しながら、日米安全保障体制に亀裂を入れ、米軍の軍事力の空白が我が国周辺に生じた時にこそ、日本への攻撃を仕掛けるきっかけを与えてしまうのだと警戒する必要があるのです。
北朝鮮に東アジアの平和と安全を乱させないよう「抑止する」には、これ以上の暴発行為に走った場合には独裁体制そのものが崩壊させられると、北朝鮮が恐怖を自覚するだけの同盟軍事力を周辺諸国が堅持しておくことだと断言できます。
この視点からも、北朝鮮の核ミサイルに対抗する唯一手段であるアメリカの「核の傘」に依存するとともに、自由と民主主義の政治体制を共有している米国とは、安全保障同盟関係の強化に務め、間違っても我が国周辺に軍事力の空白を生じないことなのです。こうした軍事情勢を正しく理解した上で、普天間基地移設問題も大局的に解決すべきだと考えています。
さらに付け加えると、最も重要なことは今回の韓国哨戒艦の沈没事件がけっして「他岸の武力衝突」ではなく、我が国の安全保障に直結する問題として、報道機関はじめ国民全体が「国防」に対する自覚を新たにし、「国を守る」との国民の意思を北朝鮮に対して明示することです。
Q:イデオロギーに縛られることなく理解すべき現実問題として、
「いまここにある危機」に対し
- 日米同盟を機軸に「抑止力」として軍備を考えなければならないこと
- 島国日本の周辺地域に軍事的空白を作らないことが重要
- 普天間基地移設問題は大局的に考えるべき
という三つのご指摘は「平和」に慣れきってしまった私たちにとって、多くの示唆に富んだものだと感じます。連日ワイドショーでも大きく報道されている普天間基地移設問題は改めてじっくりお話を伺いたいと思います。
A:戦後の教育現場では、軍部の暴走によって戦争が開始され、それが未曾有の敗戦と日本史上初めての占領という辛酸を舐めた、その反動として、「平和」の尊さは教えるものの、この平和を支える「国防」の重要性についてはほとんど語られることがありませんでした。
小学校から大学に至るまで、学ぶ機会が無かった「国防」、すなわち「国を守る」とは、どういうことなのか。
普天間基地移設問題がクローズアップされている現在だからこそ、国民の大多数が、「国を守る」ことの本質について考え、そして、理解を深める大切な時期を迎えていると痛感しています。
「平和」を支えている「国防」とは何か、その本質について、わかりやすく解説していきたいと考えます。
Q:ありがとうございます。次回は島国日本の周辺で頻発する領海・領空侵犯事件についてお話をお聞かせください。よろしくお願いします。
解説者略歴:佐藤 常寛(さとう つねひろ)1944(昭和19)年長崎県佐世保生まれ。防衛大学校(第12期)出身。潜水艦艦長、在ノルウェー王国防衛駐在官、舞鶴地方総監部管理部長、下関基地隊司令、幹部学校研究部長などを歴任。1999(平成11)年12月退官。元海将補。
- 第二回 領海・領空侵犯事件はなぜ頻繁に起こるのか?<前編>
- 第三回 領海・領空侵犯事件はなぜ頻繁に起こるのか?<後編>
- 第四回 なぜ日本に基地は必要なのか<前編>
- 第五回 なぜ日本に基地は必要なのか<後編>
(聞き手・構成:小関達哉)
NPO法人「平和と安全ネットワーク」設立1周年に当たり理事長ご挨拶
NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長の夏川和也です。
私たち「平和と安全ネットワーク」は、6月1日をもって設立1周年を迎えました。
この節目に当たりご挨拶申し上げます。
私たちは国の平和と安全の確保には政府、自治体だけでなく、国民一人一人が我が国を取り巻く防衛・安全保障の情勢を正確に把握し、防衛・安全保障の重要性を認識することが必要ではないかと考え、2009年9月1日から平和と安全の情報メディア「チャンネルNippon」を通じて情報を配信しております。
第1回目は、「ソマリア沖海賊対策」と「災害対処」を主たるテーマとした内容を配信、そして昨年12月からの第2回目は、「国際貢献」を主題とし、現在は「日米安保体制」に主眼を置いたコンテンツを提供しております。
設立2年目に入り、さらに多くの方々に情報が提供できるよう、わが法人の活動趣旨に賛同していただけるアスペクトデジタルメディア株式会社と連携してこの前進配信サイトを設けることといたしました。
我が国の平和と安全の確保に係る情勢を正確に認識することが、国の防衛・安全保障を考える第一歩であります。北朝鮮の核開発疑惑、ソマリア沖の海賊事案、中国海軍の動向、世界各地で生起するテロ事案等々、我が国周辺と我が国の生命線たる海上交通路を取り巻く情勢は決して平穏なものではありません。
私たちは引き続き、左右いずれにも偏らない正確で分かりやすい洗練された情報を提供することにより、皆様とともに防衛・安全保障を真剣に考え、また、大いに意見交換を行い、日本の平和と安全、さらには国際社会の平和と安定に貢献して参りたいと考えております。
これからも「平和と安全ネットワーク」「チャンネルNippon」をよろしくお願いいたします。
Q:現役時代の役職(最終履歴)とその役割について教えてください。
A:統合幕僚会議議長です。3自衛隊の努力を統合するための方策を検討する陸・海・空幕僚長で構成される会議(機能)の議長(まとめ役)です。
Q:自衛官として最初の任務はどんなことでしたか?
A:任官してすぐ遠洋練習航海に出ました。帰国後操縦課程に進み、一年半後に最初の任地である八戸航空基地の第四航空隊に赴任しました。
任務は対潜哨戒機(P2V−7)のナビゲーター(戦術航空士)です。潜水艦の探知・追尾・攻撃の訓練と同時に、監視や災害派遣、海氷観測に従事するとともに、操縦士としての訓練を受けました。
Q:もっとも長く経験された任務を教えてください。
A:航空隊での勤務が合計で約10年になりますのでもっとも長いものです。その他は、地上勤務と呼んでいますが(飛行配置でないもの)、合計すれば38年になります。
Q:現役時代の忘れられない任務の思い出、エピソードをひとつ教えてください。
A:昭和40年台前半、災害派遣に出動した時の事です。
千島列島のソ連領海付近で日本漁船が転覆しました。海上保安庁の巡視艇が駆け付けたところ、海面に出ている船底の中から転覆した漁船の乗組員が合図を送っていました。
海上保安庁の巡視艇には船底を切り裂く道具が無く、一式を海上自衛隊の哨戒機で運ぶことになり、私はその航空機に乗りこむことになりました。
装置の積み込み、航法の確定、海保巡視艇との通信手段の確定等準備を完了し、あとは出動命令を待つだけとなりましたが、なかなか発動されません。
理由の細部は聞かされませんでしたが、ソ連との外交調整に手間取り時間がかかったということでした。
やっと命令が下り、離陸。
現場からは「転覆した漁船の船底から合図はまだ送られている。しかし時間が経っているので、いつまで持つか分からない、急いでくれ」ということで、最大速度で進出。
現場到着まで後5分という時に、海保巡視艇から「信号が弱くなってきている、急げ」という通信が入り、以後刻々と状況が入ります。
装置の投下方法の打ち合わせをしている間にも、「信号が弱くなる、信号が弱くなる」と悲鳴に近いものに変わってきました。
現場上空到着、投下準備という機長の号令がかかった、まさにその時現場から「信号が途絶えた」という知らせが入りました。
何分間か分かりません、哨戒機内、海保巡視船からも、誰も声を発するものはありません。
もう少し早ければ、もう少し早ければ何人かの命が救えたのに、残念だ、本当残念だという思いです。
巡視船に挨拶をして現場を離れましたが、帰路の機内の雰囲気の沈んだこと、そんな経験はそれ以後の飛行ではないものでした。
NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長プロフィール
夏川 和也(なつかわ かずや) 1940年、山口県生まれ。防衛大学校卒業後(第6期)、教育航空集団司令官、佐世保地方総監、海上幕僚長、統合幕僚会議議長を歴任。1999年、退官。日立製作所特別顧問を経て、財団法人水交会理事長、NPO法人「平和と安全ネットワーク」理事長。