第一回:韓国哨戒艦沈没事件 解説:佐藤常寛(元海将補)
特集チャンネルNippon連載企画第一弾として、
国防の最前線に立ち続けてきた元自衛官の方々に
お話をうかがうインタビュー企画をお届けします。
日本が直面する「いまここにある危機の本質」とは何か?
第一回は韓国哨戒艦沈没事件を取り上げます。
Q:韓国の哨戒艦撃沈事件によって朝鮮半島の緊張が急速に高まっています。東アジアの平和と安全を揺るがす大きな事件だと思いますが、国防の最前線を経験された海上自衛隊元自衛官として、どのように今回の事件をみておられますか?
A:今回の事件は残念ながら起こるべくして起こった北朝鮮の暴挙だといえます。
なぜかといえば
が背景にあったと考えられるからです。
朝鮮戦争は1950年6月25日、北朝鮮の一方的な武力侵攻で始まったわけですが、この主因は第二次世界大戦が終了し、朝鮮半島に駐留していた米軍が撤退したため、韓国に軍事力の空白が生じたこと、更に世界共産化を目指していたソ連がこの軍事空白の間隙を突き金日成を武力支援して韓国に侵攻させたことによって戦禍が拡大しました。
米国は米ソの影響力が及ぶ地域に軍事力の空白が生じればどのような結果になるか、この突然の武力攻撃で知ることになりました。これが米ソを中心とした東西対立が本格的な代理戦争に発展した始めでもありました。
当時日本は連合軍の占領下にあったために、国内の各基地から米軍はじめ連合軍が毎日出撃していたわけです。
戦争開始のわずか9ヶ月前(1949年10月1日)に成立したばかりの中華人民共和国は、奇襲攻撃で優勢だった北朝鮮軍が国連軍の介入で劣勢になると、同じ共産主義国家の立場で義勇軍を朝鮮半島に派遣します。
こうして米国に象徴される自由主義陣営の国連軍と中共・北朝鮮の共産陣営連合軍との戦いが泥沼化した結果、1953年7月27日に休戦し、北緯38度線付近の軍事境界線(停戦した時点で両軍が対峙していた戦線)で南北朝鮮は分断されたまま今日に至ったのです。
その後休戦状態であるがために、北朝鮮からの挑発行為あるいは小規模な武力攻撃が後を絶たない状況です。
Q:なぜ北朝鮮はこのような挑発を繰り返すのでしょうか?
A:金親子二代の独裁体制を通して、金正日は父親が果たせなかった朝鮮半島の武力統一を達成したいからに他なりません。現在でも「先軍政策」を固持していることからも、それは明らかです。
更に、核開発に固執しているのは、過去に、中共が核兵器製造に成功した途端、米国のニクソン大統領が毛沢東と直接交渉して米中国交を樹立(1972年)、それまでの中華民国(台湾)との国交を断絶したばかりでなく、中共を中華民国に替わって国連常任理事国入りさせた事実があるからです。
軍を最優遇して核兵器を保有し、更に、その運搬手段であるミサイル「ノドン」「テポドン」までも保有するに至った北朝鮮の政治体制は、労働党の一党支配を基盤とした金正日の個人独裁です。
他方、韓国は自由選挙による大統領制の議会制民主主義を基に経済発展の著しい「自由と人権」が保障された政治体制なのであって、到底、両国の政治体制は相容れることの出来ない状況にあります。
政治体制の根本で相容れることの出来ない両国において、たまたま韓国側が大統領の資質により一方的に北朝鮮に対して秋波を送り、あるいは、経済支援を強化したとしても、長期に君臨を続ける独裁者に翻弄されるだけといわざるを得ません。
したがって南北朝鮮間で、戦争は休戦状態であり、政治体制で妥協の余地がない状況下では、いつ北朝鮮が武力を行使してもおかしくない状態でした。
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Q:こうした朝鮮半島の不安定な状況に、我が国は外交努力を含め、どう対処すべきでしょうか。
A:今回の韓国哨戒艦の沈没は、北朝鮮潜水艦からの魚雷攻撃によるものだと、ほぼ断定(2010年5月20日米韓両国発表)しました。
平時に日本領域内から主権を侵害して、日本人を拉致する北朝鮮は、我が国の艦艇に対しても何を仕掛けるか判りません。日本海、対馬海峡周辺を行動する海上自衛隊の艦艇、特に潜水艦は不測の事態に備えて行動する必要があります。
韓国哨戒艦が沈没した海域は水深が浅く、結果として、北朝鮮魚雷の物証が得られたことで北朝鮮潜水艦(艇)の攻撃が明らかになりましたが、水深が深い日本海では海上自衛隊の潜水艦が攻撃され消息を絶ち、その原因が不明のままになる恐れがあります。
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北朝鮮が核ミサイル攻撃力を誇示しながら、日米安全保障体制に亀裂を入れ、米軍の軍事力の空白が我が国周辺に生じた時にこそ、日本への攻撃を仕掛けるきっかけを与えてしまうのだと警戒する必要があるのです。
北朝鮮に東アジアの平和と安全を乱させないよう「抑止する」には、これ以上の暴発行為に走った場合には独裁体制そのものが崩壊させられると、北朝鮮が恐怖を自覚するだけの同盟軍事力を周辺諸国が堅持しておくことだと断言できます。
この視点からも、北朝鮮の核ミサイルに対抗する唯一手段であるアメリカの「核の傘」に依存するとともに、自由と民主主義の政治体制を共有している米国とは、安全保障同盟関係の強化に務め、間違っても我が国周辺に軍事力の空白を生じないことなのです。こうした軍事情勢を正しく理解した上で、普天間基地移設問題も大局的に解決すべきだと考えています。
さらに付け加えると、最も重要なことは今回の韓国哨戒艦の沈没事件がけっして「他岸の武力衝突」ではなく、我が国の安全保障に直結する問題として、報道機関はじめ国民全体が「国防」に対する自覚を新たにし、「国を守る」との国民の意思を北朝鮮に対して明示することです。
Q:イデオロギーに縛られることなく理解すべき現実問題として、
「いまここにある危機」に対し
- 日米同盟を機軸に「抑止力」として軍備を考えなければならないこと
- 島国日本の周辺地域に軍事的空白を作らないことが重要
- 普天間基地移設問題は大局的に考えるべき
という三つのご指摘は「平和」に慣れきってしまった私たちにとって、多くの示唆に富んだものだと感じます。連日ワイドショーでも大きく報道されている普天間基地移設問題は改めてじっくりお話を伺いたいと思います。
A:戦後の教育現場では、軍部の暴走によって戦争が開始され、それが未曾有の敗戦と日本史上初めての占領という辛酸を舐めた、その反動として、「平和」の尊さは教えるものの、この平和を支える「国防」の重要性についてはほとんど語られることがありませんでした。
小学校から大学に至るまで、学ぶ機会が無かった「国防」、すなわち「国を守る」とは、どういうことなのか。
普天間基地移設問題がクローズアップされている現在だからこそ、国民の大多数が、「国を守る」ことの本質について考え、そして、理解を深める大切な時期を迎えていると痛感しています。
「平和」を支えている「国防」とは何か、その本質について、わかりやすく解説していきたいと考えます。
Q:ありがとうございます。次回は島国日本の周辺で頻発する領海・領空侵犯事件についてお話をお聞かせください。よろしくお願いします。
解説者略歴:佐藤 常寛(さとう つねひろ)1944(昭和19)年長崎県佐世保生まれ。防衛大学校(第12期)出身。潜水艦艦長、在ノルウェー王国防衛駐在官、舞鶴地方総監部管理部長、下関基地隊司令、幹部学校研究部長などを歴任。1999(平成11)年12月退官。元海将補。
- 第二回 領海・領空侵犯事件はなぜ頻繁に起こるのか?<前編>
- 第三回 領海・領空侵犯事件はなぜ頻繁に起こるのか?<後編>
- 第四回 なぜ日本に基地は必要なのか<前編>
- 第五回 なぜ日本に基地は必要なのか<後編>
(聞き手・構成:小関達哉)