自衛隊が果たしてきた役割 解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-24


Q:自衛隊が果たしてきた役割とその評価についてはどうお考えですか。

A:大変難しい質問ですね。創設以来56年間に果たした自衛隊の役割について、簡単には言い尽くすことはできません。しかし戦後65年間、日本が直接戦争に巻き込まれなかったということは自衛隊が日米同盟を機軸とした安全保障体制の枠組みで「平和と独立」を守る役割を果たした証しだといえるでしょう。

東西冷戦の余波が、中台の対立、ベトナム戦争として表面化する中で、戦争に直接関与せずに済んだことは、幸運ではありました。その背景には日米同盟に基づく、わが国の後ろ盾としての米軍の存在が大きかったという事実も素直に評価しなければなりません。

これでわかる日本の防衛―コンパクト版防衛白書〈平成21年版〉

これでわかる日本の防衛―コンパクト版防衛白書〈平成21年版〉

わが国の防衛力は5ヵ年毎の整備計画に従って、少しずつ近代化を図り、日米同盟の恩恵を蒙りながら、「国防」の目的を達成してきたといえます。

しかし東西冷戦が終了したとき、一部の若手政治家の間で西側の勝利に日本が大きく貢献したので、日本は冷戦の勝者側に立っているとの意見が報道されたことがありました。

Q:その言説には無理がありませんか?

A:そうです。これは少し事実を歪めていますね。自分に都合のいいような意見、判断に固執していると思われます。欧州では確かにINFの全廃交渉に向けた熾烈な争いが、冷戦のクライマックスとして表面化しました。

しかし日本は「非核三原則」を楯に、米空母の佐世保入港反対、原子力潜水艦の寄港反対等、むしろ日米同盟に冷や水を浴びせ、東アジアにおける軍事力の均衡で旧ソ連を利する動きも多々あったことを忘れてはいけません。

残念ながら件(くだん)の報道された若手政治家の歴史認識の浅薄さ、自衛隊の置かれてきた困難な立場への無理解を露呈することになってしまいました。

漫画版 世界の歴史 10 パレスチナ問題と東西冷戦 (集英社文庫)

漫画版 世界の歴史 10 パレスチナ問題と東西冷戦 (集英社文庫)

冷戦終焉20年―何が、どのようにして終わったのか

冷戦終焉20年―何が、どのようにして終わったのか

日米同盟をどう評価すべきか?

Q:戦後日本において、国防に関する議論が深化することなく、さまざまな問題が放置されてきました。手枷、足枷のなか、日米同盟は今日まで維持され、自衛隊は国防の最前線に立ち続けてきたということですね。

A:そう思います。こうした状況のもと自衛隊が果たした役割として、地道に日米共同訓練を強化し、日本の防衛力向上に努めてきた功績が挙げられます。

海上自衛隊航空自衛隊は米軍との訓練で共通の訓練図書を使う機会が多く、海上自衛隊の例でいえば、これまで洋上訓練を欠かすことなく、着実に米国海軍との絆も強くなってきています。

海の友情―米国海軍と海上自衛隊 (中公新書)

海の友情―米国海軍と海上自衛隊 (中公新書)

他方、陸上自衛隊は、本土防衛が主たる任務のため独自の「用語、図演標示」を用いていました。それゆえ、日米共同訓練の機会に乏しく、共通の訓練言語(用語)に齟齬をきたしていた時期もあります。しかし昭和50年代後半から、陸自と米陸軍との指揮所訓練が開始され、2010年の現在では日米の地上部隊間の共同作戦能力は格段の進歩を遂げています。
陸上自衛隊の素顔

陸上自衛隊の素顔

ああ、堂々の自衛隊 (双葉文庫)

ああ、堂々の自衛隊 (双葉文庫)

Q:アメリカが「ヒト」、日本が「モノ」「カネ」を負担する世界史上類例を見ない非対称的双務関係となっている日米軍事同盟は深化してきていると考えてよいのでしょうか?

A:自衛隊の防衛力を補完する米軍との共同訓練を、継続してきた弛まぬ努力が、日米両軍の「信頼の絆」を強固にし、「平和と独立」を守る役割を十分果たしているといえます。

しかし緊密な同盟関係を今後も維持し、日本だけでなく東アジアをはじめ世界の平和と安全保障に貢献するために今後何が必要なのか?という議論を尽くさなければならないと考えています。

漂流する日米同盟―民主党政権下における日米関係

漂流する日米同盟―民主党政権下における日米関係


まず集団的自衛権、個別的自衛権の法解釈を考えてみましょう。

日本の領海上で他国籍の武装した集団から武力攻撃を受けたケースで考えてみます。日米が協力して武装攻撃に対処している最中にアメリカの軍艦が攻撃を受けた場合、日本はアメリカの軍艦を助けるために敵を攻撃することができないという現行法の解釈があります。命懸けの現場において、これはあまりにも理不尽な話です。

それを考えると、一日も早く集団的自衛権に関する法律、自衛隊法、武力攻撃事態対処法を改定し、恒久法として整備する必要があります。国の安全保障という重要課題を「票にならない、カネにならない」からといって、国政の場で議論が深まらない現実に不安を感じる方や嘆きや憂いを持つ方も少なくないはずです。

また日米安保条約日米地位協定改定、有事法制整備についての議論もけっして十分とはいえません。政府、特に文民統制(シビリアン・コントロール)を司る立場にある方々は「前例もなく、法律にも規定されていない事態が起こり得る」と考え、「備えよ、常に」の姿勢を保ちながら、現実的な対応策を十分に検討することが急務だと思います。

集団的自衛権―論争のために (PHP新書)

集団的自衛権―論争のために (PHP新書)

自衛隊PKO国際貢献、災害復旧支援活動を考える

Q:PKOをはじめ、国際貢献の現場での活動や国内の災害復旧支援活動についても教えてください。

A:国際貢献の役割はペルシャ湾への掃海部隊派遣、イラク復興支援への部隊派遣、インド洋への海自部隊の派遣、ソマリア沖海賊対策への海自部隊の派遣など必要に応じて、政府決定に従い、その任務を十分果たしているのは周知の事実です。

PKOの真実―知られざる自衛隊海外派遣のすべて

PKOの真実―知られざる自衛隊海外派遣のすべて

大規模災害派遣に関して、雲仙普賢岳の噴火と土石流被害の復興、阪神淡路大震災の復興支援、地下鉄サリン事件中越地震の復興支援など、その都度自衛隊に与えられた役割は十分果たし、被災者からも一定の評価を受けているのではないでしょうか。
「地下鉄サリン事件」戦記―出動自衛隊指揮官の戦闘記録

「地下鉄サリン事件」戦記―出動自衛隊指揮官の戦闘記録

ドキュメント新潟県中越地震―10・27奇跡の救出

ドキュメント新潟県中越地震―10・27奇跡の救出

とはいえ、現実に災害派遣における国内の評価が高まり、メディアでも大きく取り上げられるようになった節目は「阪神・淡路大震災(1995年)」における被災者の救出・復興支援活動であったと思います。

Q:自衛隊が行う救出・復興支援活動をこれまで素直に受け入れない自治体首長の判断もあったと聞きましたが、実際はどうだったのでしょうか?

A:この震災発生のわずか半年前、関西方面の陸・海・空部隊指揮官(将官)が一堂に会した折、会議の席上、当時の中部方面総監(陸将)が「活断層が走る関西地区での合同災害派遣訓練を兵庫県大阪府・神戸市・大阪市等に申し入れるのだが、全く相手にされない」と真剣に心配していました。

それは憂いや嘆きに近い「現場の声」そのものであったと記憶しています。残念ながらそれが当時の関西地区各自治体の自衛隊に対する評価だったのです。

MAMOR (マモル) 2007年 09月号 [雑誌]

MAMOR (マモル) 2007年 09月号 [雑誌]

当該地区が革新系首長による行政を誇っていたことが背景にあったとはいえ、住民の生命財産を守る視点では、思想的な斟酌によって、自衛隊を白眼視すべきではなかったでしょう。しかも当時は神戸港への自衛艦の寄港にも制限が加えられるというのが実情でした。
伝える―阪神・淡路大震災の教訓

伝える―阪神・淡路大震災の教訓

政治の不在、あるいは過剰がもたらす問題

Q:自治体の政治責任もあるとお考えですか?

A:いま申し上げた状況下での震災発生でしたから、残念ながら自衛隊に対する災害派遣要請等が後手、後手に回ってしまいました。その原因のひとつが、ここでもまた政治の過剰によるものではなかったかと思うと、いまもなお、やり切れない思い、無念さが残ります。

防災の決め手「災害エスノグラフィー」 ~阪神・淡路大震災 秘められた証言

防災の決め手「災害エスノグラフィー」 ~阪神・淡路大震災 秘められた証言

その後の自衛隊の現場活動と、住民の方々から高く評価していただいている様子は地味ながらテレビや新聞でも報道されたとおりです。本当に不幸な出来事ではありましたが、結果的には阪神・淡路大震災がきっかけとなり、自衛隊の任務に「大規模災害対処」が公式に付与されました。

その後、地方自治体との「災害派遣訓練」が活発化して、自衛隊と地方住民との意志の疎通が緊密化するに従い、国民の自衛隊を見る目に変化が現れ、評価は以前よりも高くなっていったのです。

こうして自衛隊の役割を概観しますと「平和と独立」を守り、「国際貢献」を果たし、「大規模災害」への対処に万全を期している点で、その実績は十分評価できるのです。

阪神・淡路大震災10年 現場からの警告―日本の危機管理は大丈夫か

阪神・淡路大震災10年 現場からの警告―日本の危機管理は大丈夫か

Q:ありがとうございます。次回は自衛隊の戦闘部隊としての能力と本質的な課題について、お話を伺いたいと存じます。
戦う者たちへ

戦う者たちへ

(第十回:了)<聞き手・構成:小関達哉>